死にたいパーセント

ぺしみん

第1話

 自衛隊の飛行機が「グゥーン」という音を響かせて、頭の上を通り越えていった。あんなに低く飛んで大丈夫なんだろうか。小さいころから見ている風景だけれど、毎度見るたびなんだか不安な気持ちになる。幼稚園ぐらいまでは「あっ飛行機だ!」と言って、日に何度も飛んでくるのにその度に喜んで追い掛け回していた。この辺は高いビルがないから、低空飛行の練習でもしているのかもしれない。時々飛行機から黒い煙が出ている。故障でもしているのかと思うけれど、あいかわらず飛行機は平気な顔をして、爆音を響かせて飛んでいく。あの黒い煙は何の為に出ているのだろう。排気ガスかな。


 わたしは視線を桜の木に戻した。今日は新入生の入学式で、中学三年生はお世話係として動員されている。新品の制服を着た新入生たちが桜の木の下を通り過ぎていく。中学校での成長を見込んで、少し大きい詰襟の制服を着た少年たち。男の子は制服を取ってしまえば、そのまま小学6年生という感じがする。一方で女の子たちは「ようやく中学生になったのね」「待っていたのよ」「遅かったじゃない」という余裕を感じさせる子も多い。12、3歳くらいの年頃が、一番男子と女子に成長の差がある時なのかもしれない。中三のわたしとしても、最近になってようやく男子が追いついてきたという気がしている。実際、そんなことを言ったら菊池君あたりに罵倒されそうだけれど。


 そんなことを考えていたら本当に菊池君に怒られてしまった。

「おい、ちゃんとご案内しろよ。おまえさっきから桜を見すぎなんだよ」

 菊池君は生徒会だから体育館にいるはずだったのに。

「ごめんなさい。なんか桜も空もすごくきれいだから無視できなくて」とわたしは言い訳して言った。「でもなんで菊池君が来るのよ」

喜多野きたのが見て来いって言ったんだよ。おまえがよそ見してるだろうからって。ホントにそうだったな」

 しょうがない奴だな、という感じで菊池君がわたしを見ている。

「でもほら、一年生の少年たちを見てよ。初々しいね。菊池君も一年生のときはこんなだったよね。立派に成長しましたね」

「おまえふざけんなよ。いいからちゃんと案内してくれ。終わったら体育館に報告だぞ」

 菊池君はそう言って走り去った。本当にわたしたちが一年生だったら、たぶん菊池君は本気で怒っていただろう。彼はけっこう怒りっぽい性格をしている。最近声変わりをして、身長もぐんぐん伸びてきて、いつのまにか大人っぽくなってしまった。それに比べてわたしは、一年生のころからほとんど変わっていない気がする。身長もあまり伸びていないし、他にもあれやこれやと成長していない。


「下駄箱はこちらのを使えばいいのかしら?」

「あ、ハイ。こちらにスリッパが……ってお母さん、驚かせないでよ」

 妙にすました声をしていたから、まんまとだまされてしまった。

「あなたご案内の係りなんでしょう? ダメよボーっとしてたら」

 お母さんが笑って言った。

 お母さんのきっちり2メートル後ろに弟の大吾だいごがいる。わたしと目を合わせないように必死だ。

「あ、やっぱり大ちゃん制服似合ってるね。なんかおじいちゃんの軍隊の時の写真みたい」

 大ちゃんに聞こえるようにわざと大きな声で言ったのだけれど、予想通り無視された。「お姉ちゃんは黙ってろ」という声が聞こえてきそうだ。大ちゃんは今年、中学一年生になる。身長はすでに抜かされている。

「ね。似合ってるわよね。もう少し大きい制服でもよかったかもね。でもまあ、ヒロト君の制服をいただけるっていうから」

「あ、そうなんだ。ヒロト君180センチぐらいあるもんね。それは安心だ」

 ヒロト君はうちと同じマンションの5階に住んでいる。私の家は2階。今は少し疎遠になってしまったけれど、以前は家族ぐるみのつきあいがあった。ヒロト君は大学生で、優しくて体の大きい人。小さいころはガキ大将というか、みんなのお兄さんという感じだった。ヒロト君にはガピ子という妹がいて、歳がわたしと同じだった。

 「早く行くぞ」という顔をして、大ちゃんがいつの間にか上履きを履いて立っている。母が「じゃあ後でね」と言って廊下を歩いていった。

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