02.魔法使いの家へ

「私ができるのは、本当に小さなこと。ろうそくや、かまどの火を点ける程度のことよ。ちゃんと習えばいいんでしょうけど、そんな小さい火を点けられるようになるだけでも大変だったから。他の魔法もたぶん、できるまでに人の倍以上は時間がかかっちゃうわ。そう考えたら、気後れしちゃうって言うか……」

 教えてもらって、魔法書は何とか読めるようにはなった。だが、それをしっかり理解して呪文を詠唱し、魔法を発動させるまでが大変だ。

 魔法を覚えるには、多少なりとも才能と地道な努力が必要だと言われている。でも、自分には努力はできても、才能がない、とフローゼは思っているのだ。

 今以上に魔法を使える自分が想像できないし、使う場所も思い付かない。

 ……というのは、言い訳よね、と自分でもわかっている。

 はっきり自覚している訳ではないが「魔法を使う」ということにあまり興味がないのだろう。もっとできるようになりたい、覚えたい、と思わないから。

 なので、フローゼは魔法書を読めるだけで満足していた。私にはこれ以上使いこなすのは無理、と潔くあきらめて。

「だけど、さっきみたいなことがあると、もう少しできるようになっていればって思うわね。せめて、自分の身を守れるくらいには」

「その気になれば、できるようになるぞ。俺も妹も、そんなに頭はよくないけどさ。基本的な魔法は、一応できるから」

「にゃあ」

 アートレイドの足下で、シェイナが何か文句を言うかのように鳴いた。

「あら、アートレイドには妹がいるの?」

「あ……うん、まぁ」

「じゃあ、二人で修業したのね。ご両親が魔法使いなの?」

「いや、親は俺達が小さい頃に亡くなってるんだ。で、親の知り合いだった師匠に引き取ってもらって。養い親が魔法使いだと、自然にそっちへ向かうものなのかな。全然抵抗なく、当たり前のように修業するようになってたもんなぁ」

 アートレイドの養父だったその魔法使いは、二年程前に老衰で亡くなっている。

 二人が引き取られた時点ですでに高齢だったため、近いうちにそういう日が来るだろう、と予想はしていた。

 なので、いざその日が来ても、大きなショックはなかったように思う。悲しくない訳ではなく、覚悟する時間があったからだろう。

「アートレイドや妹さんは、才能があったのよ。私だって魔法使いのそばにいるのに、魔法は全然覚えられなかったもん。物心ついた頃にはおじいちゃんと一緒に暮らしてたけど、やってみようとか考えたりしなかったしね。おじいちゃんも強制はしなかったわ。今のお父さんがちょっとやってみないかって言って、やっと小さな火が点けられるようになったくらいだもん」

「今の……って?」

「ああ、ちょーっとややこしい家族関係なのよ、私」

 フローゼの両親は、彼女が二歳の時に事故死している。どちらの祖父母も、すでになく。

 一人になってしまったフローゼを母の弟、つまり彼女にとって叔父のレンデルが引き取ってくれた。

 その時、彼の恋人だったのが、ネイロスの娘のライカだ。

 彼女は恋人の事情を知り、全てを受け入れてレンデルと結婚した。フローゼの母になってくれたのだ。

 しかし、今度はレンデルが病気で他界する。フローゼは五歳で、血縁者を全て失ってしまったのだ。

 自分がライカの実の子ではない、ということは何となく知っていた。なので、よそへ放り出されても仕方ない、と子ども心に思っていたフローゼ。

 だが、ライカは血のつながらない娘を愛し続けてくれた。

 そんな事情で、フローゼは継母のライカ、その父であるネイロスと三人で暮らし始める。

 フローゼが七歳の頃。

 街の用事で、ネイロスを訪ねて来た魔法使いがいた。それが、ユーリオン。

 彼はライカに一目惚れし、口説き続けて彼女と結婚した。もちろん、フローゼの事情も知り、ちゃんと受け入れてくれている。

 村を離れたくない、と言うライカの希望を聞き入れ、街に住んでいたユーリオンがパルトの村へ移って来た。

 四人になった暮らしは本当の親子のようで、事情を知らない人は本当の家族だと思っていたようだ。

 しばらく幸せな日々が続いたが、それも長くはなかった。

 フローゼが十三歳になった頃、ライカが病気で亡くなったのだ。

 それから、三年。

 現在、フローゼは血のつながらない祖父と父の三人で暮らしている。

「確かに……ややこしいな」

 一度聞いたくらいでは、家族構成がわからない。

「でしょ? きっと村の人達も訳がわからなくて、もうどうでもいいやって思ってるわ」

 フローゼは屈託なく笑う。

「あ、そうだわ。おじいちゃんとお父さん、今は街へ行ってるから留守なの」

「ええっ?」

 そういうことは、早く言ってもらいたい。誰に会うつもりか、ということは先に言ったはずだが。

「留守って……それじゃ、ネイロスさんが戻るのはいつ頃?」

「明日か明後日、かしら。できるだけ早く戻る、とは言ってたけど」

「あっちゃー。ここまで来て、留守か」

 アートレイドは街の方から来たのだが、タイミング悪くすれ違ったようだ。顔がわからないから、本当に街ですれ違っていたかも知れない。

「フローゼ、村に宿はある?」

「宿? 小さな村だもん、そんなのはないわ。うちで待てばいいじゃない。心配しなくても、部屋はあるわ。待つ間に別の場所へ行くってことなら、話は別だけど」

「別の場所へ行く予定はないよ。ネイロスさんが俺の知りたい魔法を知ってるかを聞いて、ダメなら知っていそうな魔法使いの居場所を教えてもらってから、次へ行くつもりだから」

 今までも、そうしてきた。今度もダメなら、次へ向かうだけ。

「そう。じゃ、決まりね。今夜は恩人に腕をふるわなきゃ」

 嬉しそうに、フローゼは笑った。小さな村では「客」という存在が珍しいから、わくわくする。

「あの、えーと……さっきの話では、フローゼは三人暮らしなんだろ?」

「ええ、そうよ」

「で、そのうちの二人が不在、と」

「うん」

「そんな所へ俺が行くのって、ちょっとまずくない?」

 アートレイドは十八歳。まだちゃんと聞いていないが、フローゼは二つか三つ下くらいの年頃。しかも、女性で……。

「あら、どうして? アートは野宿の方が好きなの?」

 フローゼは、アートレイドが憂慮していることもまるで気にしていない様子。それに、さらっと名前も短くされた。

 村までの道中で、アートレイドはフローゼによって友達認定されたようだ。

「いや、俺だって屋根とベッドがある所の方が、絶対にいいけど……」

 今は夏前という寒くない季節だが、休む場所によっては朝方になって冷えることもあるのだ。気温も環境も安定している場所の方が、絶対いいに決まっている。

「心配しなくても、うちは悪い人は入れないようになってるから」

「入れない? あ、結界とか」

「難しいことはよくわからないけど、あたしが一人で留守番する時はおじいちゃんがそういう細工をしてるみたい。村の人はいい人ばっかりだけど、よそから来る人はわからないでしょ。泥棒するつもりかどうかなんて、知りようもないものね」

「んー、泥棒以外でも効果はあるのかな、それ……」

 アートレイドのつぶやきは、フローゼには届いていない様子だった。

☆☆☆

 パルトの村に到着し、フローゼの家、つまりネイロス邸へ向かう。

 最初に建物を見た時、アートレイドはどれが住居なのかよくわからなかった。

 案内されたネイロス邸は、三棟あったのだ。

 一棟が前に、二棟がその斜め後ろで左右にそれぞれ控える形になっている。位置から考えれば、前にある家屋が住居だろう。

 それなら、その母屋を挟むようにして両脇に建つ建物は何なのか。

 母屋を正面に見て右側にある建物は、母屋の半分以下の大きさしかない。いわゆる「はなれの部屋」か、倉庫といったところか。

 不思議なのは、左側にある建物だ。母屋とほとんど変わらない大きさ。しかし、よく見ると壁の色が所々違うのだ。

 どうやら、元々あった建物を、何度か増築したらしい。その結果、最初は単なる「はなれ」と言えそうな建物だったのが、母屋と変わらないまでになってしまった、というところだろう。

 しかし、何のためにここまで増築したのか。

「大きい家だな」

 用途のわからない二棟はともかく、母屋は素朴な造りで、年月を感じさせる風合いを醸し出している。

 アートレイドはパルトの村へ来たのは初めてだから、この家を見るのももちろん初めてだ。しかし、どことなく懐かしい感じがした。

「三人で住むには、広いけどね。でも、アートみたいにお客様が来ても、すぐに迎え入れられるって点はいいかも知れないわ。おじいちゃんより前の代の人、私と血はつながってないけど、ひいおじいちゃんやそれ以前の人達も魔法使いだったらしいの。で、お弟子さんが一緒に住むからってことで、大きく建てられたみたいね」

「ああ、なるほど」

 フローゼに案内されるまま、アートレイドは家の中へ入った。シェイナもその後に続く。

「両脇にも建物があったけど、あれは?」

 出されたお茶を飲み、一息ついたところでアートレイドが尋ねた。

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