第2話 不器用な愛情
後日、カートランド富士と呼ばれるレーシングカート用のサーキットへ来た僕たちは、レースをする為にコースを貸切にした。
父さんが「他に邪魔な車や観客が入ると嫌だからな」と言って、張り切って貸切にしてしまったのだ。
そしてガラガラになったコースへ僕と父さんの二台でコースインしていく。
ハンデとして、グリッド(スタート前に車が待機する場所)は前の方に並ばせてくれた。
これならいくら父さんでも勝てないだろう。
その時はそう思ってリラックスしていた。
ピットガレージの上の展望台に
家族で着いて来てくれたのだ。
ずっとこちらを見て手を振っている。
応援してくれているのがよくわかった。
コースの係りの人にあらかじめ言って、十五分のレースにしてもらっていたので、レース形式のスタート準備をして僕たちは勝負を始めようとしていた。
後方の安全を確認する
シグナルが5つ赤く点灯する。
4つ。
3つ。
2つ。
1つ。
消灯、スタート!
第1
父さんのカートの排気音はまだ後ろから間隔を空けて響いてくる。
いける、このまま父さんに勝てる!
2コーナーに軽く
父さんだ!
コーナーで不利なアウト側にいるにも関わらず、ぴたりと張り付いて離れない。
ブロックライン(競争相手に優位な場所を走らせない事)を取ろうとしたけど間に合わない!
ヘアピンコーナーで父さんがアウトに居ると言う事は、次のミニ300Rでは父さんがコーナーのイン側を走る事になる。
まずい、もう横に並ばれた。
本当に体重のハンデがあるのかと疑うくらい、短い距離でブレーキを終えた父さんは4コーナーを綺麗に立ち上がり、あっという間に最終セクションに入って行ってしまった。
その後の5コーナー、最終コーナーでもじわじわと引き離され、差が付いたままホームストレートに僕たちは戻って来た。
このまま負けるのか……!と思った瞬間、父さんは
先に行けと言う合図だ。
……今度は絶対に負けない!
僕は遠慮無く前回のまま父さんを抜き、前の周と同じ様に1コーナーへと飛び込んで行った。
ここは世界でも珍しい30度
歯を食いしばりながら全開でバンクを駆け抜け、温まって来たタイヤをうまく使い、軽くテールスライドさせながら2コーナーへアプローチする。そしてまたヘアピンコーナーへと侵入する。
だがまた父さんは同じ様にアウト側からアプローチしてくる。
今度はブロックラインを取ってミニ300Rのイン側を守れたけど、それでもさっきと同じ様に横に並んできた。
どうしてそんなに速いんだよ!
僕は焦って次の4コーナーでブレーキのミスをしてしまい、父さんを押し出す様な形でコースアウトしてしまう。
幸い
ただそれは父さんも同じで……だと思ったら、早々にコースへ復帰し、スローダウンして僕のことを待っていた。
そして僕の姿を見たらアクセルを開けながら指を刺して来て、「ダメだぞ勝利!気をつけろ!」と言うかの様なジェスチャーをしてきた。
その後、十五分のレースが終わるまで同じ様に父さんが最終的には先行する事が続き、ファイナルラップでは1コーナーから並走され、2コーナーであっという間に抜かれてそのまま背中を見つめているしかできなかった。
父さんが
圧倒的な技量の差を見せつけられ、僕は失意のまま2番目にチェッカーフラッグを受けた。
スローダウンしながらコースを回ってピットへ戻ろうとした時、父さんのマシンが近づいて来て、父さんが握手をしようとして来た。
だけど僕は納得いかなくて、その手を跳ね除けてアクセルを全開にし、ピットへ戻った。
乱暴にグローブやヘルメットを投げ捨てると涙が止まらなくて、気がついたら自分で自分の体を自由にできない位大泣きしていた。
こんな事だったらトレーニングをもっと頑張っていればよかったとか、父さんは卑怯だとか、理不尽な考えも頭に浮かんだけど、とにかく自分が負けたのが何よりも悔しかった。
僕が泣いてる間、父さんもサーキットの人たちも、円も、そのお父さんとお母さんも。
みんな離れた場所から僕を見ていた。
しばらくして泣き疲れた僕のところへ僕の父さんがやって来て、一言言った。
「勝利、グローブやヘルメットはどんな事があっても大切にしなきゃダメだ。それは何かあった時お前を守ってくれる大切なものなんだ」
父さんは続けて話す。
「勝利、これを見ろ」
サーキットの
「勝利、確かにお前はレースには負けた。だけどな、
「勝利、お前はプロの父さんより速く走れた
「うるさい! パソコンもいらない! レース、負けたじゃん! 才能無いじゃん!」
「勝利……」
怒りながら涙を流し続ける僕に、父さんは何と声をかけたら良いのかわからず困っている様子だった。
暫くして、僕がある程度落ち着いたのを見計らって、父さんはまた話しかけて来た。
「……わかった、ひとまず今日は帰ろう。あれだけ本気で走って疲れただろう、帰りは寝ていて良いぞ」
「眠くない!」
負けた悔しさがどうしても消えない僕は父さんに辛く当たってしまう。
父さんは苦笑しながら、「そうか。なら家に着くまで寝るんじゃないぞ」と言い、荷物をまとめ僕の手を引き自家用車へ乗り込もうとした。
「ほしのちゃん!」
円の声が聴こえた。
今は恥ずかしくて彼女の顔がみられなかった。
僕は下を向いたまま、黙っている。
そうしたら、彼女の方から話しかけてくれて来た。
「ほしのちゃん! あんなに速かったんだね! 凄いよ!しらなかった!」
「……ありがと」
「走ってる所、凄い楽しそうだったよ!あたしも見てて楽しかった!」
「えっ」
自分でも気付いてなかった事を、円に言われてハッとする。
考えがまとまらないうちに、彼女は言葉を続けた。
「ねぇ、また見に来ても良い?」
「……好きにしなよ」
「やった! ありがとう! また見にくるね! じゃぁ、あたしも帰るから!」
そう言って、彼女は去って行った。
僕は円に言われた楽しそうだったよ!と言う言葉が忘れられなかった。
サーキットで走る事はあくまで父さんたちの様な人のお仕事、そして僕の場合はお稽古事だと思っていた。
だから、楽しいとか、そう言う感じがする事だとは思っていなかったんだ。
だけど、楽しそうだって言われて、僕は自分の気持ちがわからなくなっていた。
その後の帰り道、どうして楽しかったんだろう?と考えていたら、だんだん瞼が重たくなって来て、気がついたら寝てしまっていた。
◆
気がつくと次の日の朝だった。
僕は自分の部屋のベッドで寝ていた。
状況からして、父さんが車から降ろして運んでくれたんだと思う。
体がベタベタする、お風呂に入りたい。
2階の子供部屋から1階のリビングに降りて行ったら、父さんも母さんも起きていた。
「……おはよう」
「ああ、おはよう。勝利」
「あら、起きたのね、勝利。昨日は疲れたでしょう。」
母さんが僕の体を気遣ってくれるけど、なんだか申し訳ない気持ちになる。
そして父さんも続けて口をひらく。
「勝利、昨日車で寝ちゃったままだったから、そのまま部屋に運んだんだ。お風呂入ってないだろ、飲み物でも飲んでから先に入って来なさい」
父さんも昨日あんな事があったのに、普通に接してくれている。
すごい罪悪感と恥ずかしさが込み上げて来て、僕は父さんに言った。
「父さん……昨日はごめんなさい」
「……ああ、気にするな。負けて悔しいのは俺もよく分かるからな」
「……その……パソコンは買ってくれなくて良いから……」
「何言ってるんだ。もう頼んじゃったぞ」
「えっ!?」
「言っただろ、買ってやるって」
「……でも、父さん……」
「泣き喚いた事が悪い事だったと思うなら、そのパソコンを使って学校のプログラミングの授業で毎回満点取れる位使いこなせる様になれよ」
「……父さん……ありがとう!」
いくらするのかわからないけど、きっと高いゲーミングPCを買ってくれたんだと思う。
すごい嬉しかった。
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