第4話 銀のうさぎ

討伐証明の牙を袋に詰め、俺たちは街へ戻った。

ギルドのカウンターに牙を積み上げると、受付嬢が驚いたように目を見開く。


「こ、こんな数を……! 間違いなくブラッドウルフですね。確認しました。報酬は銀貨二十五枚。六人で分配ということでよろしいですか?」


アレンがうなずき、銀貨の入った袋を受け取った。

「一緒にやった仲だ。公平に六等分でいいな」


差し出された銀貨の束を手に取ると、ずっしりとした重みが掌に伝わった。

(……これが、命を懸けて得る報酬か)

気が引き締まる思いだった。


「今日は悪くなかった。お前たちの力は確かに役立った」

アレンがそう言い、イレーネがにやりと笑う。

「また困ったら声かけな。守ったげるから」


カイルは軽く片手を挙げ、ブラムは短く「またな」とだけ告げる。

彼らはそれぞれのテーブルへ向かい、俺とミリアはギルドを後にした。



夜。宿の二階の部屋。

窓の外では酒場の喧騒が遠く響き、灯火の揺れる光が壁に影を落としている。


ベッドに腰掛けて荷物を整理していると、ミリアがふいに顔を上げた。

「ユウタさん」


「ん?」


彼女は目を輝かせ、勢いよく身を乗り出す。

「私たちのパーティー名を決めませんか!」


「……パーティー名?」

思わず聞き返す。


「はい! 《暁の環》みたいに、かっこいい名前です! ずっと二人で旅をしてるんですし、私たちも名乗れるものがあった方がいいと思うんです!」


胸の前で両手を組み、期待に満ちた瞳でこちらを見上げてくる。

その熱に当てられ、俺は小さく息を吐いた。


「……なるほどな。名前、か」

俺がうなずくと、ミリアは勢いよく手を挙げた。


「じゃあ私、考えてきました! まずは――《銀のうさぎ団》!」

「……だせぇ」

即答した俺に、彼女はむっと頬を膨らませる。


「じゃ、じゃあこっちはどうですか! 《雷光爆発団》!」

「もっと悪化してるぞ! なんだよ爆発団って……盗賊の集団かよ」

「うぅ……かっこいいと思ったんですけど……」

しゅんと肩を落とした姿は、まるで耳の垂れたうさぎみたいに見えた。


俺は頭をかきながら息を吐く。

「……けど、いざとなると難しいな」

「ですよね……強そうな名前って、炎とか竜とか……でも、どこにでもありますし」

「うむ……」

二人して唸り、しばし沈黙が流れた。


その沈黙に耐えきれず、俺は口を開く。

「……なら、互いに相手をイメージする文字を挙げてみるのはどうだ?」

「なるほど……! それなら思いつきそうです!」


ミリアはぱっと顔を上げ、期待に満ちた瞳をこちらに向けた。



「じゃあまずは、ユウタさんが私をイメージする文字を」


「そうだな……『雷』、『光』、それから『速』」

少し考えてから答えると、彼女はぱっと花が咲いたように顔を輝かせた。


「わ、わぁ……! なんだか格好いいです!」

頬がほんのり赤く染まり、嬉しさを隠しきれない笑みが零れる。


「お前は?」

促すと、ミリアは指を折りながら一つひとつ挙げていった。


「えっと……『盾』、『爆』、『青』……」

「……爆ってお前……」

「あっ、ご、ごめんなさい! でも、ユウタさんの攻撃って、どうしても“爆発”のイメージが強すぎて!」

慌てて両手を振る仕草は必死だが、耳まで赤くなっていて説得力はなかった。

俺はため息を吐きつつも、否定できない自分に苦笑する。


「……まぁ、否定はできないけどな……青ってのは?」

「え? ユウタさんのイメージですよね?」


「……色で言うなら、俺は黒だろ。追放されて、陰のある旅ばかりしてる。そして根暗だ」

自嘲気味に口にすると、ミリアは小さく首を横に振った。


「確かに格好は黒っぽいし性格も明るくはないですけど……私には青のイメージなんです」

「青……」

「はい。不器用だけど、濁りのない青色。……夜明け前の空みたいに、暗いのにどこか澄んでるんです」


迷いなく言い切るその声に、少し戸惑う。

俺なんかがそんな色に見えるのか。半信半疑のまま、けれどその真剣さに嘘はなかった。


「……ずいぶん買いかぶってるな」

「本気ですよ!」

金色の瞳がまっすぐ俺を射抜く。思わず視線を逸らし、乾いた喉を鳴らした。


「……そうか。じゃあ“蒼雷”ってのはどうだ? 雷と……お前が言うその青で」

「蒼雷……! いいです、それにしましょう!」

ミリアは椅子から立ち上がりそうな勢いで身を乗り出し、両手を胸の前でぎゅっと握りしめる。子供のように無邪気な喜びが溢れ出していた。


その姿を見た瞬間、ふと宿屋で彼女から聞いた言葉が蘇る。

――勇者は強い魔物が現れる時、神託に従って召喚される人類の守護者。


守護者。俺には縁遠いはずの言葉。だが今なら、彼女と一緒なら。


「……なら“蒼雷の守護”はどうだ?」

「……っ! はいっ! それ、最高です!」

弾ける笑顔が眩しくて、思わず視線を逸らす。


――蒼雷の守護。

大仰すぎる名かもしれない。だが隣で笑う彼女には、よく似合っていた。


……本当は、『暖』とか『優』なんて文字も頭に浮かんでいた。

けれどそれを言葉にするには、どうしても照れが勝った。

俺は黙って口を閉ざし、ランプの光に照らされたミリアの横顔をただ見つめ続けた。

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