第3話 連携の力
「改めて俺はアレン。剣士で、このパーティーのリーダーだ」
そう言って歩きながら、アレンは軽く笑う。
「年は三十五だが、まだまだ若い連中に負ける気はない。俺の役割は──状況を読むことだ。誰が狙われているか、どう動けば被害が最小で済むか。それを見極めるのが得意でな」
鋭い眼光と落ち着いた声音。その言葉に裏打ちされた信頼感は確かに重みがあった。
「イレーネ。付与術師」
淡い金髪を後ろで束ねた女性が、肩越しに振り返る。
「小さな回復もできるし、攻撃の補助もできる。小細工も得意ね」
さらりと言う口調は軽いが、どこか姉御肌の余裕が漂う。
「ま、困ったら私の後ろに隠れててもいいよ。守ったげるから」
飄々とした口調に、不思議と安心感が宿っていた。ミリアが「は、はいっ!」と慌てて返事をしていた。
「カイル。弓使いだ」
赤毛の青年はそれだけを言って歩調を崩さない。気配を消すように静かだが、鷹のような眼差しが森の奥を鋭く射抜いていた。
「ブラムだ。盾役」
大柄な男は短く名乗るだけだった。言葉少なだが、その背に掲げられた巨大な盾が雄弁に役割を語っている。
俺とミリアも改めて自己紹介を済ませ、軽く笑い合ったところで──
アレンが「よし、そろそろだ」と声を低める。
森に入る前、アレンが振り返って隊列を確認した。
「ブラムは前衛で受けろ。カイルは後方から援護。イレーネは中央で補助に回れ。……ユウタ、ミリア。お前たちは俺の指示に従え」
「了解」
「はいっ!」
やがて、血の匂いが鼻を突いた。
低い唸り声。木陰から赤い眼光が次々と浮かび上がる。
ブラッドウルフの群れ――十数体。
「来るぞ!」
アレンの声と同時に、戦闘が始まった。
ブラムが前に出て咆哮を上げ、数体のウルフを一手に受け止める。
「ガアァァッ!!」
その巨体は岩のように揺るがず、鋭い牙の連撃を盾で弾き返した。
「今だ!」
アレンの指示に合わせ、カイルの矢が飛ぶ。赤い瞳を正確に射抜き、ウルフの動きを止めた。
イレーネは素早く詠唱し、地面に淡い魔法陣を描く。
「鈍足陣」
魔法陣を踏んだウルフたちが動きを鈍らせた瞬間、俺とミリアが駆け出す。
「ミリア、右へ!」
「はい!」
迅雷のごとき速さで駆け抜けるミリアが、刃でウルフの体勢を崩す。
その隙を逃さず、俺が弱点を突き、鮮血が飛び散った。
「……悪くない」
アレンが短く評価を口にする。
「次はもっと早く合わせろ」
イレーネが振り返り、にやりと笑った。
「初めてにしちゃ、上出来でしょ」
俺は荒い息を整えながら、目の前に転がるウルフの死骸を見下ろした。
今まで二人でやってきた戦い方が、他者と組み合わさることで新しい力になる。
そう実感した瞬間だった。
更に吠え声が森に反響し、残りのブラッドウルフが一斉に散開した。
素早い動きで包囲を狭め、牙をむき出しにして飛びかかってくる。
「ブラム、もう一歩下がれ! 前を開ける!」
アレンの声に即座に応じ、ブラムが盾を構えたまま後退する。そこへ飛び込んだのはアレン自身。
二連の斬撃が赤い軌跡を描き、突進してきた一体を地に沈めた。
「カイル!」
「任せろ!」
カイルの放った矢が、別方向から襲いかかるウルフの脚を正確に射抜く。体勢を崩した獲物を、再びブラムが叩き潰した。
その見事な連携に、一瞬見惚れる。だが次の瞬間、鋭い牙が俺の脇腹を狙って迫ってきた。
「ユウタさん!」
ミリアの叫びと同時に、彼女の短剣が閃く。辛うじてウルフの進路を逸らしたところを、俺は剣を突き出して貫いた。
荒い息が漏れる。今の一瞬、ミリアがいなければ噛み砕かれていた。
「……助かった」
「はいっ!」
彼女の笑顔が戦場の緊張をわずかに和らげる。
「まだ集中切らすな!」
アレンの鋭い声が飛んでくる。
「俺たちが道を作る! お前たちは確実に仕留めろ!」
イレーネが短く詠唱を紡ぐ。
「武器付与――光!」
次の瞬間、俺の剣とミリアの短剣が淡く光を帯びた。
「行け!」
アレンの一声に、俺とミリアは再び駆け出した。
重厚な前衛と正確な後衛に守られ、支援の魔法が背中を押す。
――これが、パーティーというものか。
互いの動きが重なり、息が合うごとに、討伐の手応えが鮮明になっていく。
◆
ブラッドウルフの最後の一体が地に崩れ落ちた。
静寂が戻り、血の匂いだけが森に残る。
「……ふぅ」
剣を下ろし、深く息を吐く。ミリアも短剣を収め、額の汗を拭った。
ブラムが盾を突き立て、辺りを警戒する。カイルは矢を番えたまま周囲を見渡し、イレーネは軽く手を振って魔法陣を消す。
敵影はもうない。討伐完了だ。
「お前たち」
アレンの声が響いた。赤毛の剣士は俺とミリアを順に見て、わずかに口角を上げた。
「悪くなかった。……いや、それ以上だな」
彼は剣を肩に担ぎ直し、真っ直ぐにミリアを見据える。
「迅雷――速さを武器にして隙を作る、その戦い方は実にいい。群れ相手に通用する力だ」
「は、はいっ!」
金色の瞳が輝き、ミリアは思わず背筋を伸ばした。
そして今度は俺へと視線が移る。
「ユウタ。お前の“弱点を突く”剣……一撃で仕留める精度は見事だ。仲間の援護を活かせば、群れの中でも十分に通用する」
短い言葉だが、その声音には確かな評価が込められていた。
胸の奥で何かが熱を帯びる。
アレンは一拍置き、続けた。
「二人の連携はまだ粗い。だが伸びしろは大きい。……手合わせして正解だったよ」
イレーネが横で笑みを浮かべる。
「ほんとね。見てて気持ちよかったよ」
俺とミリアは顔を見合わせ、小さく頷き合った。
まだ未熟。けれど、確かに一歩を踏み出せた気がした。
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