第2話 暁の環
俺は新しく渡された冒険者証を見つめた。
掌に収まる金属のプレート。光沢は青銅。今までの鈍い鉄色とは違う、重みと存在感があった。
――正式に、Dランク冒険者。
思わず指でなぞりながら、頭の中でランクの違いを反芻する。
Fは新人。雑用か、街周辺の魔物退治、短距離の護衛など。信用なんてゼロに等しく、単独任務は推奨されていない。
Eになれば、街道警備や長距離の護衛、ある程度の遠征討伐を任される。だがそれでもまだ「駆け出し」だ。
Dからが本番。
単独で魔物討伐を任され、中規模集落の防衛、都市の脅威となる魔物の討伐補助などを任される。依頼報酬も一気に跳ね上がる。
そして何より――「冒険者として一人前」と世間から認められる。
宿や商人の扱いも変わる。ギルドでも専用の休憩室や資料を使えるようになるらしい。
……考えてみれば、俺はFから一気にここまで来てしまった。
普通なら数年かけて積み重ねるはずの段階を、一瞬で。
青銅の輝きが、やけに眩しく感じた。
背中を押されるような感覚が胸に広がる。
――ここからが本当の始まりだ。
◆
依頼掲示板の前や食堂のテーブルは、昼前だというのに相変わらず賑わっていた。
だが、俺たちが応接室から姿を現すと――ざわ。
空気が一瞬変わった。
「……チッ」
「なんであいつらが……」
少し前まで「ハズレ」「足手まとい」と言って鼻で笑っていた連中が、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
俺と視線が合うと、慌てて酒をあおる者もいれば、舌打ちして顔を背ける者もいた。
(……まぁ、当然か)
Fランクの駆け出しが、ゴブリンリーダーを討伐してDランクに昇格。
笑っていられる話じゃないだろう。
隣を歩くミリアは気づいていないのか、あるいは気にしていないのか、いつも通りの笑顔を浮かべていた。
「ユウタさん、せっかくランクも上がったんですし、早速依頼を受けませんか?」
「……そうだな」
俺も気を取り直し、掲示板に目を向ける。
木板に張られた羊皮紙は、どれも手書きの文字で依頼内容が記されている。
目に飛び込んできたのは――
「……街道沿いでの盗賊退治か。いや、これはCランク補助だな」
「こっちは……荷馬車の護衛、銀貨十枚。Dになったばかりの私たちには、ちょうどいいのかもしれませんね」
ミリアが小さく笑みを見せるが、俺は首を振った。
「護衛は悪くない。けど、Dに上がった以上、少し踏み込んだ依頼も視野に入れたい」
その時、目に止まった一枚。
「ブラッドウルフ三十体以上の群れ討伐。報酬、銀貨二十五枚」
「三十体……」
思わず声が漏れる。
いくらDランクになったとはいえ、俺とミリアの二人で請けるにはあまりに荷が重い。
「ユウタさん……やっぱり、危ないですよね」
ミリアも眉を寄せ、不安そうにこちらを見る。
俺は唇を噛み、紙から視線を外せなかった。
(無理ではないかもしれない。だが、運が悪ければ命取りだ。俺一人ならともかく、ミリアまで危険にさらすわけには……)
その時――
「迷っているのか?」
背後から落ち着いた声がかかった。振り向くと、赤毛を束ねた壮年の男が腕を組んで立っていた。歳は三十代半ばだろう。眼差しは鋭いが、不思議と嫌な圧はない。
「その依頼に興味があるんだろ?だが二人だけじゃ分が悪い」
彼の後ろには、弓を背負った若い細身の男、巨躯の戦士、そして落ち着いた雰囲気の女が立っていた。
いずれも場慣れした雰囲気をまとい、ただ者ではないとすぐに分かる。
赤毛の男は口角をわずかに上げて言った。
「もし良ければ、俺たちと一緒に受けないか?」
「……あんたは?」
赤毛の剣士は口角を上げ、簡潔に答えた。
「俺はアレン。こっちはカイル、ブラム、イレーネ。――俺たちは《暁の環》というパーティーだ。お前たち、ゴブリンリーダーを倒した連中だろ?」
「はい、そうです!」
ミリアが胸を張って一歩前へ出る。
「ユウタさんが弱点を突いたらどんな敵でも爆発して血の雨を――むぐっ!?」
「……うるさい」
思わず前に出た彼女の腕をつかみ、ぐいっと引き寄せた。
勢いのまま俺の胸に押し当てるような形になり、その口を手で塞ぐ。
しばらくそのまま押さえ込んでいると、ミリアがこくこくと大人しく頷いた。
ようやく手を離すと、口元を押さえた指先にじんわりと温もりが残る。
「……なんか顔が赤い気がするな。押さえすぎたか、悪い」
ぼそりと呟くと、ミリアは視線を泳がせながらも、こくこくと小さく頷いた。
アレンは目を細めて笑い、肩をすくめる。
「なるほど……お前たち、なかなか面白いな」
背後では、周囲の冒険者たちが小声で囁き合っている。
「暁の環って、聞いたことあるぞ。なかなかのやり手だってな」
「確か、Cランクに一番近いって噂だ」
アレンはそんな声に頓着せず、俺たちをまっすぐ見据えた。
「どうだ? 心配なら俺たちと一緒に請けないか。群れ相手なら連携が物を言う。二人の力を腐らせるには惜しい依頼だと思うが」
雑音を背に、俺は少し考える。
確かにブラッドウルフ三十体以上。二人だけで挑むには骨が折れる。だが、実力あるパーティーと組めば……無駄な消耗を避けられるし、経験にもなる。
「ミリア」
俺は隣の少女に視線を向けた。
「一緒に受けるの、どう思う?」
金色の瞳がきらりと揺れ、ミリアは迷いなく頷いた。
「はい! ぜひご一緒させてもらいましょう!」
その即答に、思わず苦笑が漏れる。
俺はアレンに向き直り、短く返した。
「……わかった。俺たちも一緒に行こう」
アレンの口元がわずかに緩んだ。
「決まりだな。なら、依頼は連名で受けておこう」
こうして、俺たちはDランクパーティー【暁の環】と組むことになった。
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