宇宙霊〜ムーンゴースト〜
涼森巳王(東堂薫)
プロローグ
第0話 始まりにして終わり
前回の第四期月面移民が全滅してから、はや十年がたった。ようやく再開した第五期移民が、本日ぶじ月に到着した。
彼らの連絡を待っていた地球管制塔の長官は、だが、予想だにしなかった不可解な報告を聞くはめになる。
「どういうことだね? 基地が人間でいっぱいだと?」
「それが、みんな同じ顔をした子どもたちで……いや、正確にいえば二種類の顔の子どもです。それが何千人と」
「何をいってるのだね? そんなわけなかろう」
「でも、現に——」
「幻を見とるんじゃないかね?」
「これを見てください」
画面が基地内の映像に切りかわった。それを見て、長官はもちろん、周囲のスタッフや管制官もあぜんとする。たしかに子どもだ。十歳ていどのとても綺麗な子どもたち。顔立ちは二種類しかない。まつげの長い女の子みたいな子と、西洋人みたいな彫りの深い面ざしの子。そっくりの顔の子どもがウジャウジャとモニタのいたるところに映っている。
それを見て、長官は妙に不安になった。この子どもたち、いったい何を食べて、今まで基地で暮らしていたのだ? 基地にこの人数を生かすほどの食料はなかったはずだ。
いや、そんなことが理由じゃなかった。この子どもたちは、なぜかわからないが不気味だ。見ためは綺麗だが人間的じゃない。
予感は的中した。
子どもたちはモニタに集まってくると、ニコニコと手をふる。
「長官。食料を送ってくれてありがとう。でも、ここは僕らの楽園だからね。ほかの人にジャマされたくないんだ」
「ま、待ちなさい。君たちはなんだね? いったい、どこから来たんだね?」
モニタのむこうで子どもたちはクスクス笑う。
「僕たちは月で生まれたんだ。お父さんとお母さんから。お母さんは今も僕らの弟を生み続けてる。お父さんもたまに会いにきてくれるよ」
「お父さんは……ハロハロハロだけどね」
「僕らは水さえあれば生きていけるし」
「その水も数年に二、三滴飲めばいいしね」
「酸素だって、ほとんど必要ないんだよ。真空も歩ける」
「だって、ピーピーガガガダ……ターフィンフィンフィンフィンが僕らの命だもんね」
「ねぇ」
「今度、地球にも行くよ」
「歩いてはムリだけど」
「念を飛ばせば、地球ぐらいわけないよね」
「隕石に乗ってくってのもアリじゃない?」
「いいね、それ!」
「ねぇ」
「ねぇ」
なんだか、ゾッとする。
彼らが地球に来たらどうなってしまうのか?
これはエイリアンの子だろうか?
「これ、お母さんの手記。読んでね。お母さん、ずっと泣いてるから」
「だから、地球も僕らのものにするの」
「もっといっぱい増えれば、お母さん喜ぶと思うんだ」
「僕ら、最強だからね」
「核なんか、きかないよ?」
「ねぇ」
「ねぇ」
ピッと音がして、何かしらの書類ファイルが送られてきた。長官がなかを確認しようとしたとき、モニタのむこうで悲鳴が響いた。顔をあげてみれば、第五期移民の隊員が子どもたちに食い殺されている。
「ば……化け物だ!」
子どもたちは笑いながら、隊員の肉を食っている。そのありさまは生まれて初めてのご馳走にありついたワニの子だ。じつに楽しそう。
こんなものが地球に来るのか?
なぜ、なぜ、こんなことになった?
なぜ……?
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