INTERLUDE B
INTERLUDE Protocol_Zeta
記録時刻:22:43.16
セクターC-
魂律指数、通常時の420%を一時的に超過。
静かに点滅する監視ログの光が、薄暗い管制室内を照らしていた。
緊張感は誰の表情にも刻まれていたが、ただ一人、中央に立つ女性だけが、微動だにしなかった。
「……観測は、確かなんですね? 」
静かな声が室内に響く。
クロエ・ラインバーグ少佐。
情報統制部・魂律監視課第七局における現場責任者であり、今回の《
彼女の言葉に、後方の技術士官がすぐ応じた。
「はい。対象No.07、および関連個体の精神干渉波が同時に観測されました。――接続は一時的なものでしたが、内部相関値が規格を大幅に逸脱しています」
「接続地点は? 」
「旧セラフ=ゼロ系施設跡地、《
「……やはり、そこへ行ったのね」
クロエのまぶたが、わずかに伏せられる。
「魂律の同期率、上限に達していたんですよね? 」
「はい。従来理論の限界値……いえ、それ以上の反応です。理論上、ユイ=ヴィセル個体の精神干渉術式は、暴走臨界点に極めて近い状態と推定されます」
クロエは何も言わず、手元のデバイスをタップした。
ホログラムが浮かび上がる。
《個体記録:YUI_VICELL》
《分類コード:Null.07-B》
《術式基盤:魂律/記憶干渉複合モデル》
《精神共鳴:感情同期型(不安定)》
《危険度レート:更新中…… → レベルS-(臨界接近)》
不安定なバーが警告色で点滅していた。
(……これが、あの子の“現在地”。)
以前、ユイはまだ“安定した術式保持者”だった。感情も、魂律も、制御下にあった。
だが今、彼の術式は“誰か”と深く繋がり――
それにより暴走の引き金となる可能性を秘めている。
「命令ログ、更新確認。迎撃任務に変更が入りました」
副官が、緊張した声で報告する。
「従来の排除・封印コードを一時保留。対象No.07-Bについては“回収・確保”を最優先とする新指令。上層命令です」
クロエは唇をわずかに引き結ぶ。
(回収? 今さら? )
(自分たちが捨てた“存在”を、再び手に戻すと? )
「理由は? 」
「解析班曰く、魂律構造の連結状態が予想を超えて安定しており、……抹消よりも“利用可能性がある”との評価です」
「…………」
沈黙。
クロエは息を吐いた。
「ずいぶん都合のいい話ね。命令次第で“抹消”から“利用”に変わるなんて」
「少佐……」
副官が
「対象ユイ=ヴィセルには、保護対象から外れた過去があります。ですが、これほどの反応……今後の展開次第では“術式兵装”としての再分類も――」
「……やめなさい」
クロエの声が低く、しかし鋭く響いた。
「彼は“兵器”なんかじゃない。今も、自分の足で選んで歩いてる」
副官は言葉を失う。
部屋の空気が、ひとつ、張り詰める。
クロエは立ち上がり、遠くのホログラム画面に目をやった。
そこには、セクターC-β監視ログの最新グラフ。高く跳ね上がった魂律反応の軌跡が、美しい螺旋を描いていた。
(こんな反応……私たちが予測していた術式構造じゃない)
(これは、彼自身が紡いだ《答え》だ)
ホログラムが切り替わる。
別の記録映像――かつての実験施設内部。
まだ幼かったユイと、彼の背中に寄り添う少年の姿が映る。それは記録として残されていた、ごく短い断片だった。
「ぼくがいれば、だいじょうぶだからね」
カイルと呼ばれていた少年が、ユイにそう囁く。魂律の共鳴波形が交差し、記録が終了した。
「今のは……」
「数年前、セラフ=ゼロ側から転送された観測断片です。共鳴記録は削除されていましたが、復元の過程で自動展開されました」
「……ユイの原初記録、なのね」
クロエは小さく呟いた。
その声には、静かな痛みが滲んでいた。
(なぜ、私はあの時、引き離されたのだろう)
(なぜ、あの子たちが“人として扱われる権利”を奪われたのだろう)
“命令”は常に正しいと教えられてきた。
情報統制部の所属として、正確な判断と、抑制を求められてきた。
だが――
「人の形をして生まれた存在に、“番号”を与えることが正しいと、誰が決めたの」
静かな怒りが、その胸に渦巻く。
「少佐。報告が一件……」
副官の声が、緊張を孕んで届いた。
「現在、ユイ=ヴィセルが滞在しているセクター内に、別の反応が重なり始めています」
「……別の? 」
「対象コード:Null.06-C。……“未処理個体”の可能性があります」
クロエの目がわずかに見開かれた。
(……まさか)
(まだ他に、“残されていた”というの? )
「任務内容を再確認します。対象07-Bの確保、ならびに近傍に存在する類似コードへの対処……本部命令は変更されていません」
「了解」
クロエは背筋を伸ばす。
その瞳には、揺らぎの奥に宿る決意があった。
(私が動かなければ、またあの子たちは“消される”)
(今度こそ、私は――)
「出撃準備。第一小隊を再編成。術式抑制装備を積載。私が現場に出るわ」
「えっ……! しかし――」
「命令ではない。これは、私の“意思”よ」
クロエは背後に返す言葉を待たず、静かに歩き出した。ホログラムには再び、ユイの現在術式状態が表示されていた。
《状態:共鳴余波中》
《感情同期値:安定 / 微上昇傾向》
《術式臨界:監視継続》
《指令コード:Protocol_Zeta_展開中》
(ユイ――)
(君が、まだ自分を信じられないのなら)
(代わりに、私が信じる)
(たとえそれが、命令に背くことだとしても)
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