第一章 黒猫とビー玉
今日の空は、曇り空。泣くほどではないが、気分が晴れないのだろう。こうも雲が多いと昼間の時間が分かりづらいのが厄介だ。
ここ東町(あずまちょう)はのどかな場所だ。山というほど高いのはないが森があり川がある、畑もまだまだたくさんある地域で農業で生活をしている人が多い。だがここ最近は晴天が続いており、川は干上がり石畳でしかなくなった。畑も水をやれどすぐに乾いてしまい、作物の育ちが悪い。この状況に村の人々は困り果てていた。
そんな僕もこの晴天続きにはうんざりしていた。家業の畑仕事を手伝っているが、こうも“やりがい”が無いとうんざりしてくる。それに育たないことで、商品にならないから家の収入は減るし、自分たちが食べる分まで減ってしまう。全くもって良いこと無しだ。
「いっそのこと氾濫するほど降ってくれればいいのに」そんなことをポツリと呟いた。
―にゃぁ
「え?」
猫の鳴き声?
―にゃーぁ
やっぱり聞こえる。空耳じゃない。どこにいるんだ?姿が見え・・・いた。真っ黒な猫が、一軒家の塀の上から僕を見下ろしていた。手を伸ばせば届く距離ではあるが、触る気はない。首輪が見えなところから、野良猫であろう。野良はどこをかけ回っているかわからないし、衛生的に汚い。
この黒猫じっと僕を見てくる。いったいなんなんだ。このまま立ち止まっていても仕方がない。そろそろ夕飯時になるであろう、家に向かって歩きだそうとした。
―にゃ、にゃー
「なんだよ。猫がなんか用かよ」歩き出そうとしたタイミングで泣いたもんだから、声をかけてしまった。はたから見たら、野良猫にに話しかけてる変な奴に見られないだろうか・・・そんな心配をしながら黒猫を見る。黒猫は僕をじっと見ている。 一体なんなんだ。知らぬ間にマタタビでもつけられたか?昨日の夕食に食べた塩サケの匂いでもするか?
僕も負けずに黒猫を見続けることにした。しばらく黒猫と睨み合う。これこそ変な奴に見られるだろう。すると、黒猫が塀から降りてきた。突然動き出した黒猫に驚き、少し後ずさりをした。
―なぁー
黒猫は鳴く。僕は見続ける。
どのぐらい時間が経たのだろうか。事としては数分、いや実際は数秒だっただろう。けど、僕には変に長く感じた。黒猫は僕に向かってジャンプをしてきた。僕は驚き、反射的に目をぎゅっと閉じて、腕で顔を守った。
―チャック空いてるぞ。派手な下着だな。
「え・・・」耳元でささやきが聞こえた。
黒猫は僕を飛び越え、そのまま走って去って行った。僕は黒猫が見えなくなるまで目で追いかけていた。
今のは一体何だったのだろうか。誰が僕に話しかけた?僕は夢を見ていたようにふわふわした感覚に陥っていた。
しばらくして、ささやきの言葉を思い出し、ズボンのチャックを見る。
「あ・・・」チャックは降りており、赤色の下着のが見えていた。僕は急に恥ずかしくなり。周りに人がいないか確認をしてチャックを上げる。そして、人目を気にしながらその場から離れ、自宅へ向かうために足を進める。
一軒家の屋根の上から少年のを見つめる黒猫。その目は夕日にあたり金色に輝く。
―にゃあ
「ただいまー」
「おかえり。夕飯できているから、手洗ってうがいしてね」
「はーい」
自宅に着き、帰宅後の母ちゃんのお決まり台詞を聞く。帰宅後、一番にやることなんて習慣ついているのに、母ちゃんは飽きもせずに毎回言ってくる。背負っていたリュックを廊下に適当に置き、言われたとおりに、手を洗いうがいをする。荷物を持って二階に上がろうとしたとき、コトン、コロコロ・・・玉が転がり落ちる音がした。
「・・・ビー玉?」
形も大きさも、よく知っているビー玉だ。ただ不思議なのが、中身は真っ黒というより藍色が広がっており、小さな白い粒が細かく入っている。ビー玉にしては不思議で、珍しさから手に持ち眺めていた。
「たいちゃん、荷物置きに行くついでに、かおちゃん呼んで降りてきてくれる?」
「え、あ、うん。母ちゃんビー玉」
「ビー玉?もらったの?」
「母ちゃんのじゃないの?」
「え?母ちゃんの?違うわよ。あんた、もらったこと忘れてんじゃないの」
母ちゃんはリビングに戻ってしまった。もらった覚えはないが・・・僕が忘れているだけなのか?考えながら二階に上がり自室に入る。リュックを置き、さっき拾ったビー玉であろう物を光に当ててみる。中の白い粒が星のようにキラキラし、宇宙かまたは星空を連想させる。
「きれいだなぁ・・・あ。」
これはもしかしたら香の物かもしれない。夕飯の声掛けもしなきゃだし、聞いてみよう。
自室の隣は、妹の香(かおり)の部屋。ノックをして自分が来たことを知らせる。
「香、夕飯できたって。」
「はーい」
中から返事があったが、すぐには出てこない。キリがいいところまで何かやっているのだろう。
「うわっ!ビックリした。なんでそこにいるの?」
僕は香が出てくるまで、扉の前で待っていたため香は驚いていた。
「あのさ、このビー玉って香の?一階の廊下に転がっていたけど」
「ビー玉?・・・ビー玉にしては珍しいデザインだね。これ、ビー玉なの?」
「いやぁわからない。サイズ感やガラスでできている感じだから、ビー玉かなって」
「ふーん。私のじゃないよ」
香はビー玉を確認したあと、僕に返した。香のでもなく、母ちゃんのでもない。僕が誰かに貰った?でもそんな記憶ないし。
「たいちゃーん、かおちゃーん、ご飯だよー」
「はーい、今行くー」
下から母ちゃんが呼んでいる。返答しながら香は階段を降りる。 ビー玉をズボンのポケットにしまって、僕も食卓の方へ向かった。
リビングにはカレーの香りが漂っていた。
「はい、座って。お茶でいい?」
「うん。お茶でいい」
「はい、では手を合わせて、いただきます」
「いただきまーす」
「いただきます」
我が家には“可能な限り全員揃って食事をとる“というルールがある。高校生の僕と香は部活動もあれば、友達との付き合いもあるため、帰りが遅くなることがある。そんな時は事前に伝えることになっている。父ちゃん、母ちゃんは農業を営んでいる。季節に合わせて、育てる野菜を変えたり、畑を耕したりと数多く作っている。
「今日、父ちゃんは?」
「農協の集まりよ。ここのところ天気が良すぎるせいもあって、野菜の育ち悪いでしょ?出荷量が減っているからどーにかならないかって」
「どーにかって、こっちが悪いわけじゃないじゃん。手抜いているわけでもないのに」
香の言うとおりだ。けして手を抜いて仕事をしてはいない。作物の育ちが悪いのは、雨が降らず晴天が続いているのが大きな問題だ。誰が悪いではない。
「父ちゃんだってわかってるわよ。みんなで農協に問題定義しにいってるのよ。自分たちだけに押し付けないでくれって。」
「ふーん」
香は納得しきってはいないようだが、それ以上は何も言わなかった。
夕欲が終わり、僕は自室へ戻りベットに寝転んだ。横を向いたとき腰辺りに硬いものを感じた。さっきポケットに入れたビー玉だ。
「これ、なんだろう。どこで貰ったんだろう?」
何度も言うが、記憶にないのだ。とはいえ、捨てるにはもったいない気もしたり、持ち主がいたら返すべきだろうっと思いがあり、ひとまず引き出しの中に入れ込んだ。明日、学校で聞いてみよう。僕は寝る支度をして、ベットで眠りにつくことにした。
夜空は真っ黒とは言えない。人間が作り出した明かりで濃い目の紺色に見える。本来はこの夜空に無数の星が見えるはずだが、今は見えない。月はおぼろげに浮いている。星と月は自発光ではない、太陽が当たり地球からは光って見えている。昔は月明りで道を照らしていたが、大した明かりではなくなってしまった。夜空は時間と共に沈む。そして別のものが顔を出す。
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