第27話 バー「ヴィーキツ」にて


「なんで死んだの?」

 暢気そうな彼の声。

「愛していたから、だと推測します」

「なぜ愛を知っている?」

「ハイネスを愛し、盾となるのが本望だからです」


「ああ、そう・・・そう・・・なるほど・・・少し・・・頭の中が変だ・・・俺もミヅチを愛してるよ~・・・」


「本望です。ハイネス」


 彼は髪をかきあげ、立ったまま控えている部下の帽子を取った。

 自分でかぶる。

 黒い帽子だ。


「これ、もらっていい?」

「本望です。ハイネス」

「そう」


 彼はもう一人、部下から帽子を取る。

 ゆっくりと見える優雅さで、有無を言わさずアデレートの頭に白い帽子をかぶせた。

「いいね。似合うよ。彼、俺のお気に入りね」

「了解しました。近づくことを許可します」

「そうして」


 彼はカウンターの中に入ると、アデレートが一番好きな酒を手際よく作った。

 カウンターに置き、滑らせる。


「・・・どうぞ?毒のたぐいは入ってないよ~」


 アデレートは急に、喉の渇きを覚えた。

 毒の類を入れた様子は無かった。

 毒の入れ方は自分が教えた。

 そんな隙はなかった。

 アデレートは、慎重にグラスをとった。

 飲んでみる。

 思い出の酒。

 彼はカウンターから出ると、しゃがんでリクのほほを突いた。


「・・・本当に死んでるみたいね・・・彼女もお気に入りだったのに・・・」


「《レイガフ》を潰しますか?」

 ミヅチ。

「そうして」

「了解しました。彼女の父親を探しますか?」

「それは免除しよう」

「了解しました」


ギィ。

 両開きの出入り口。


「失礼しますよ。開いてたもので・・・」


 アデレートはやっと動けるようになって、酒をカウンターに置きながら振り向く。

 紺色の帽子に片手をかけている、青白い顔の男。

 ジョン・マンデナッチ。

 アデレートは必死に、この場の言い訳を考える。

 思いつかない。

「街は荒れ放題ですよ」

 おだやかな声のマンデナッチ。

 見えていないのか?

「友人に」

 マンデナッチは視線を死体達に向ける。

「会いたくて、ねっ・・・」

 ドンッ。

 銃声だと気づくのに一瞬の間。

 マンデナッチは右肩を撃たれ、いつの間にか持っていた銃を床に落とした。

「ううっ・・・」


 ・・・どういうことだ?


 マンデナッチは顔を上げる。

「ははっ・・・まいったなぁ・・・ううっ」


「・・・なぜ?」

 アデレートは口を開く。


「話したら、僕を殺します?」

「内容による」

 彼の言葉に、マンデナッチは目を見開く。

「・・・しゃべれたのか・・・」

「何を話すの?」

「ダグラス。ここの客だ。しばらく泊まっているあいつは、警察軍のスパイだ」

「何・・・?」

 おだやかになりかけていたマンデナッチの表情は、ダグラスの死体を見つけて、凍りついた。


 なるほど。

 ヤツを売って、助かる気だったらしい。 


「警察軍のスパイなわけがない」

「犯罪者ですよ。犯罪を犯すことに悦楽を感じる、犯罪者。警察軍に情報を売ることで前科を免除されてたんですよ。ここが情報のたまり場だと知って、旅人のふりをしていたんです」

「ああ、そう。それで?君はなぜそれを知ってるの?」


 数秒の沈黙。


「ハイネス。訂正したい情報があります」

 ミヅチが前に、一歩出る。

「何?」

「先ほどハイネスは《キンコウセン》と《レイガフ》への手紙は《コクーテ》が送った、というような話をされていましたが、わたくしの手元にある情報によりますと、そうではないようです」

「どういうこと?」

「ハイネス。警察軍はギャングを一掃しようとしています」

 今まで黙っていた、スーツの男達のひとりが言った。

「・・・ああ。警察軍の上が変わった、とか言ってたね・・・」

「ええ」

「と言うことは、警察軍あたり?」

「いえ、そういう情報は入ってません」


「僕ですよ・・・」

 視線が集まる。

 マンデナッチは脂汗の浮かんだ顔で無理に微笑んだ。

「商売繁盛のために」


「明るい葬儀屋がどうとか言ってたね?葬儀屋にとっては明るいってこと?」

「ええ、まぁ・・・死なない人間はいないのでね」

「そう。情報くれてありがと。もういいや」

 彼は毛皮の内側に手を入れる。

 マンデナッチは更に笑う。

「待ってください。僕は知ってますよ」


「俺のこと?何?」

 彼の手が止まる。


「申し訳ありません。ハイネス・・・」

 彼はミヅチを見る。

「ん?」


 マンデナッチとミヅチは沈黙。

 彼は二人を見比べる。

「ああ・・・そういうこと」


「ええ。あんな綺麗な切り口、プロでなければありえない。最初はダグラスだと思っていたのですけれどもね・・・レネスの傷口を見て分かりましたよ。ダグラスがレネスに、しかも基地内で近づけるわけがないので・・・」


「なるほど。ミヅチ、ゆすられていたのか」


 ミヅチは無言。

 無言での肯定。


 彼の数秒の思考。


 マンデナッチは立ち上がろうとする。

 パヒュン。

 奇妙な銃声。

「ぐわっ・・・」

 太ももを撃たれたマンデナッチの悲鳴。

「う~ん・・・まぁ、これで一旦は免除ね」

「了解しました、ハイネス。本当に、申し訳ありません。わたくしの力が至らないばかりに・・・」


 彼はアデレートを見る。


「ねぇ、仲間に入らない?」

「・・・は?何を言っている?」

「ハイネスに失礼な口をきくなっ」

「いい。俺のお気に入り。この口調でいい」

「・・・了解しました」


 

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