第23話:バッハの夢を灯す夜──Procol Harum《A Whiter Shade of Pale》

結婚式のキャンドル入場に、何の曲を使うか。


それは、案外軽んじられがちだけれど、僕にとっては、ひとつの“祈り”のような選択だった。


その夜、僕たちの入場に流れていたのは──Procol Harum《A Whiter Shade of Pale》だった。


歌詞の意味は、正直なところ、式にふさわしいとは言い難い。


寓意に満ちていて、かなり謎めいていて、あの場にいる人のほとんどは、何を歌っているのか分からなかったと思う。


でも、僕がこの曲を選んだのは、言葉ではなく「響き」のためだった。


僕は、子供の頃からカトリック系の宮廷音楽や教会音楽が好きだった。


なかでも、バッハの「G線上のアリア」──そのパイプオルガンの荘厳な響きに、いつも心が奪われていた。


光と影が交錯する中、音が静かに立ち上がる。まるで、時間が止まっているかのような、あの感覚だ。


僕は、その響きに包まれるような夜を、自分の結婚式で再現したかった。


だからこそ、《A Whiter Shade of Pale》だった。


この曲には、明らかにバッハの気配がある。


旋律そのものが引用されているわけではなくても、G線上のアリアの流麗さ、オルガンの揺らぎ、静謐な緊張感──それらがこの曲の根っこにある。

※厳密には、シャコンヌの雰囲気だが


現代のロック・バンドが、教会音楽の構造と霊性を持ち込んだ瞬間。


それが、僕にはこの曲に思えた。


結婚式は、かなり華やかなものだった。生演奏もあり、贅を尽くした演出もあった。


けれど、式が終わったあと、多くの人が、キャンドル入場の曲を褒めてくれた。


「あのキャンドル入場の曲、ずっと耳に残ってる」


「まるで夢の中みたいだった」


──それが、嬉しかった。


クラシックは、死なない。


旋律が再構築されようとも。

言葉が付こうとも。

演奏される場が変わろうとも。


その“響きの精神”は、今も灯り続けている。


バッハの夢が、ロックに姿を変え、薄暗い式場に、蝋燭とともに、そっと立ち上がっていた。

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