第3話 体育祭の準備、看板いっしょに作るってマジ?

(昼休み終わりのチャイム。教室に人のざわめき)


「──ねぇ、聞いとった? 今日のHRで言っとったやつ。

 体育祭の準備、係決め。……うん、そうそう、その“看板班”。

 ……え? なんでそんな涼しい顔なん? いや、涼しいのはええけど、現実は厳しいけんね?」


(担任の声が遠くで響く。プリントが配られる音)


「──あのさ。ウチ、今、名前呼ばれたやん? 見た?

 “看板班、二名”って……え、誰といっしょかって?

 ……ふふ、言わせる気ね? ほら、そこ、あんたの名前。

 ──はい出ました、運命共同体。もう逃げんでよ?」


(机を指でトントン。小さく息を吐く)


「いやウチ、絵とか工作とか、ガチで苦手やけん。

 マジ小学生の写生会ぶりよ。え、笑った? ちょ、笑わんでよ……。

 ……でもさ、ほら、ほら! あんた、器用やん。直線引くの速いし。

 なら、コンビでいけるっちゃんね? ウチは口だけ応援隊……ってのは、ダメ?」


(みんなが帰り支度を始める音。担任が「放課後、材料室で」と言って去る)


「うわ、決まった。放課後の材料室集合。

 ほら、もう嘆いてもしゃーなか。やるっきゃないやん。

 ……なにその顔、楽しそう。え、楽しみなん? もー、そういうとこ、ちょい好き。

 ……いや、今のは取り消し。忘れて。」


(放課後。廊下の足音、材料室の扉が開くギイ…という音)


「わ、ホコリっぽ。絵の具の匂いする〜懐かしい。

 こっち来て。ほら、ポスターカラーずらっと並んどる。赤、青、黄、白、黒。

 刷毛は大きいのと小さいの。スケールとマスキングテープもあった。

 ……なんか、プロっぽいやん。ウチら、今日から看板職人?」


(カラカラと台車を押す音。教室へ戻る)


「よし、教室に運び込み完了。机くっつけて、作業台にしよ。

 ……って、ちょ、机重っ……。あ、ありがと。押してくれるん優しいね。

 はい、ここ! よし、そこでストップ!」


(机がゴトンと揃う。窓を開ける音、夕方の風)


「ふぅ。風、気持ちよ。

 で、デザインどうする? “3年A組 大優勝!”的なやつ?

 それとも、クラスカラー推し? 先生の似顔絵? ……え、それは怒られるか。

 ウチ案、聞く? “でっかい太陽と、ぶっとい文字”。どう? 原始的で可愛いくない?

 ……ダメ? そっか、ダメね。じゃ、あんたの案、拝聴〜。」


(紙をめくる音。鉛筆でカリカリ下書き)


「へぇ〜、バランスよ。上にクラス名、中央に“GO!”、下に横断幕みたいな帯。

 ありあり! 見やすいし映える。

 ウチ、色担当するけん、あんた線ね。……え? “線はみ出さんで”って? が、頑張る。」


(マスキングテープを貼るペタペタ音。定規が走るシャッという音)


「うわ、あんたの手、作業モードやん。めっちゃ速い。

 え、まって、テープ曲がっとる? あ、ウチの方か。

 だって難しいやん、まっすぐ貼るの。うるさいなぁ、笑わんで……。

 ……ごめん、一回はがす。ビリッ……あ、紙までいった! やばやばやばっ!」


(沈黙。二人の息。小さな笑い)


「……セーフ? ほんと? 優しい判定助かる。

 ウチほんと不器用やけん、あんたのフォロー命綱。

 ──よし、気を取り直して、色いくよ!」


(絵の具チューブをギュッ、パレットに落ちる音。水を含ませるチャポン)


「赤、攻める。刷毛に含ませて……えいっ。

 おお〜、濃い! 見て見て、発色よすぎ。

 あ、はみ出すはみ出す、ストップ、ストップ……っ! ……あ、ちょ、垂れた!」


(ぽたり、と落ちる音)


「ぎゃー! しみた! ねぇどーすんのコレ!?

 ……え、ティッシュでトントン? なるほど、広げんようにね。

 はーい、トントン……トン……って、あ、消えた! 天才!

 ──あんた、天才。ノーベル看板賞。」


(再開。水を替えるチャプチャプ。筆洗いのガラガラ)


「おっと、色替え。青いく。空の帯、シュッと。

 ──ぎゃ、飛んだ! 体操服に……点々……うそやろ!?


(からからと笑い、タオルを掴む)


「……動かんで。拭いてあげるけん。

 じっと、して。……ほら、そこ。

 うわ、近っ……。あ、息かかった? ごめん。

 ──ふふ、耳、真っ赤。可愛すぎ。

 ねぇ、緊張しとる? ウチも……ちょっと、ね。」


(少しの間。筆が紙を撫でる音だけが続く)


「……やば、心臓うるさい。聞こえとらん? 大丈夫?

 大丈夫じゃなさそうな顔してるけど。

 ふふ、からかってるみたいに見える? それもある。

 でも、ほんとは……ウチも、こういうの、嫌いじゃない。」


(教室のドアが遠くで開く音、誰かが覗いて去る。静けさが戻る)


「さて、仕上げ。白でハイライト、黒で縁取り。

 あんた、その“G”の外周いける? ウチ、こっちの“GO!”の内側塗る。

 あ、良い感じ! 文字、急に締まってきた。

 ほら、見て。ちょっとプロのやつ。SNS上げたい。」


(パシャっとスマホのシャッター音)


「──はい、パシャ。

 んふふっ、めっちゃいいやん! これ、スクショじゃなくて永久保存版やね。

 ……え、二人で撮る? ……えー、しゃーなか、ちょっとだけやけんよ。」


(カメラのセルフタイマー音。椅子を寄せる音)


「ほら、もっと近づかんと枠に入らんて。……肩くっつけるぐらい?

 ……ん、そうそう。はい、チーズ──!」


(シャッター音。少し間。笑い声)


「うわっ、顔近っ! ……耳、真っ赤やん。

 あーもう、反応かわいすぎ。……ウチも、ドキドキしてるけどね。」


(声を落として、囁き)


「……ねぇ。今だけは、からかいじゃなくて言うけん。

 ウチ、今日いちばん楽しかったんは──看板でも写真でもなくて。

 ……あんたの隣で、一緒に笑えたこと。」


(小さく笑う。椅子を離す音)


「──ほら、もう終わり! ……照れた? ウチもやけん。

 でも、また一緒にやろ。……体育祭まで、まだいっぱい準備あるけんね。」


(カバンを肩にかける音。窓を閉めるカタン)

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