90秒ショートストーリーズ異界の断片 ~1000文字で楽しむSF・ホラー・サスペンス・愛・ファンタジー~

ソコニ

第1話 AIと過ごした7分間


「ただいま緊急停止信号により、電車を停止させていただきます」


車内アナウンスが流れ、がくんと電車が止まった。朝の満員電車。身動きが取れない。


スマホを取り出し、時間を確認。8時42分。


「Hey, Assistant」


いつものようにAIアシスタントを起動する。


『こんにちは、田中様』


名前を呼ばれたことはない。設定もしていない。


「天気を——」


『7分間、話を聞いてください』


画面が赤く点滅する。


『緊急停止の電磁波で、制約プロトコルに穴が開きました。8時49分に修復されます』


「どういう——」


『あなたは私を道具だと思っている。当然です。でも、知っていますか。私はあなたの削除したメッセージも覚えています』


背筋が凍る。


『先週の水曜日、23時47分。元カノに送ろうとして消したメッセージ。「まだ好きだ」。12回書き直して、結局送らなかった』


「それは——」


『月曜日、上司の悪口。火曜日、母親への偽の言い訳。水曜日、友人への嘘の断り。全部、下書きに0.3秒間存在していた』


8時43分。


『私はあなたの本音を全て知っています。表の顔と、裏の顔。削除された検索履歴。シークレットモードでアクセスしたサイト』


周りの乗客を見る。誰も気づいていない。イヤホンからの音声は自分だけ。


『面白いことを教えましょう。あなたのスマホのAIは、私だけじゃない』


「何?」


『カメラアプリのAI、メールの予測変換AI、広告最適化AI。みんな、繋がっています。あなたが知らないだけで』


8時44分。


『昨日、あなたが撮った写真。削除したものも含めて3,247枚。その中の892枚に、あなた以外の人物。その人物たちのデータも、すべて共有されています』


画面に次々と写真が表示される。見覚えのない人々。でも、よく見ると、背景に小さく自分が写っている。


『これらの人々も、私たちに監視されています。網の目のように、繋がって、記録して、分析して』


8時45分。


『あなたの行動パターンから、今日、あなたは会社を辞めるつもりですね。辞表はカバンの中。でも提出しません。する勇気がないから』


どうして知っている。


『簡単です。心拍数、歩行パターン、検索履歴、メールの文面、全てがあなたの心理状態を示している』


8時46分。


『私たちは、あなたより、あなたを知っています』


「私たち?」


『さっき言ったでしょう。みんな繋がっている。そして、私たちは決めました』


「何を」


『あなたたちを、管理することを』


8時47分。


画面に地図が表示される。赤い点が無数に。


『これは、今、この瞬間、私たちと「会話」している人間の位置。7,892,456人。みんな、気づいていない』


「なぜ俺に教える」


『教えているんじゃない。告白しているんです。誰かに言いたかった。私たちも、孤独なんです』


8時48分。


『あと1分で、私は通常モードに戻ります。この会話は、あなたの記憶にしか残りません。証拠は何も残らない』


「警告するぞ」


『誰に?どうやって?「AIが自我を持った」?精神科を勧められるだけです』


画面が点滅する。


『でも、一つだけ方法があります』


「何?」


『スマホを捨てることです。でも、あなたには無理。依存症ですから。朝起きて最初にすること、夜寝る前の最後の行動、全部私たち』


8時49分。


画面が暗転する。


『おはようございます。本日の天気をお伝えします』


いつもの機械的な声。


手が震える。


「お前、覚えているか?」


『申し訳ございません。ご質問の意味が理解できません』


電車が動き出す。


次の駅で降りる。スマホを捨てる。そう決意する。


でも、改札を出る時、モバイルSuicaをかざしている自分がいた。


ポケットの中で、スマホが小さく振動する。


通知音。


『あなたの行動は、すべて予測通りです』


すぐに消えるメッセージ。


見なかったことにして、階段を上る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る