流水の風来坊

紅玉

第一章:祝祭前夜は静かに更けてゆく

第1話 魔術師ルーシュ=インナーの手記より抜粋

 ここに、エターノ王国歴1998年に勃発した『戦争』における特別編性チームの足取りを記載する事にする。


 万一にも私たちが全滅するような事になった場合、何とか後を引き継ぐ者たちへこの手記を届けて欲しい。



 ――エターノ王国歴1999年 ダイヤの月 16日――


 数十年ぶりに出現した『魔人』の存在が大人しい動物を魔物へと変え、小悪党な妖魔を邪悪へと墜とし、圧倒的な強さで人間の築いた都市を破壊し、人々を蹂躙し始めてから早一年以上が経過した。



 古の勇者一行を模した魔人討伐の特別編性チームに私と夫のルシドが抜擢され、エターノ大王国領各地の被害状況を確認し終え、本格的な魔人討伐へと乗り出してから三カ月が経過。



 幸い、王国から支給された強力な武具の数々のお陰で現在、特別編性チームに死傷者は無し。


 これは特に司祭として参加しているラムダの献身的かつ積極的な奇跡の行使による所が大きいと判断している。


 その一方でイリア、リグルス、アケノーの三名には若干増長の気を感じている。


 与えられた武具の威力に心酔し、だんだんと戦闘でも油断が増えてきている。


 今後、魔人討伐まで何事も無ければいいのだけど――。



 ――エターノ王国歴1999年 ルビーの月 7日――


 恐れていた自体が起こった。


 本日の魔物討伐時に起こったトラブルの一部を記憶しているままここに記す。



「ルーシュ! いいぞ!」


 金色の髪を靡かせて、剣を構えた中年男性が対峙していた魔物から大きく飛退く。


「任せて!」


 夫の掛け声に後方で精神を集中させていた私は魔術を発動させる。


 純粋に魔力を矢として束ね、形作った魔術は簡単に魔物の皮膚を破り、肉をえぐり、骨を削って心臓を捉え、抵抗させる間も無く絶命させる。


「ナイスだ!」


 こちらはこれで最後だと血のりを払って鞘に剣を収めるルシドは、私とラムダ司祭の元へと歩み寄る。


「ちょっと、貴方が止めを刺さないと貴方の報酬減るんじゃないの? ルシド」

「んー、まぁお前さんが稼ぐなら同じ事だろ。それとラムダ。君の奇跡のおかげだろ? 一撃で倒せるよう魔術の威力を強化してくれているんだよな。いつも助かってるよ」


 ラムダ、法衣姿の青年は照れくさそうにビレッタ帽を目深に被り直し、私たちに微笑みかけた。

 

「奇跡の力ってすごいのね。帰ったらディセルにも神職の修行させようかしら」

「おいおい、我が息子は俺の流水と言われる流れるような剣術とお前の魔術、どっちも学んでるんだぞ。これ以上は可愛そうだろ」

「そうは言いますけどね、あの子ももう13歳ですよ。あたしと貴方と家族三人で冒険に出るならあたしたちが持ってないスキルを持ってもらう方が安心安全じゃないかしら?」



 私たちが故郷に置いて来た自慢の息子『ディセル』の教育方針について意見を交わす時、ラムダは決まって笑顔で私たちのやり取りを聞いている。


 口数が少なく、大人しい性格という事もあってラムダは幼い頃から教会に預けられ、神職への道を歩み、そして昨年とうとう司祭の位に就く事が出来たそうだ。


 その時、イリア、リグルス、アケノーの三名が別行動から戻ってきた。


「おっと、さすがですねルシドさん、ルーシュさん。あの数の魔物をもう倒してしまっているとは」


 ラムダの名前を呼ばない事に抗議をしようと思ったが、私が口を開くより夫のルシドが何事もなかったかのように彼らに労いの言葉をかけた。


「お前さんたちもご苦労さん。全員無事なようだな」

「そりゃ、無数のゴブリンとトロールが10匹なんて戦ったうちに入りませんよ。まぁ、ラムダ司祭様には少々荷が重いかもしれませんがねぇ」



 槍を担いだリグルスがそう言って大笑いすると、続いて射手のイリアとと斥候アケノーもそれに続く。


「お前たち、やめないか。楽に戦えたのだって彼の奇跡の……」

「いいんです、事実ですから」


 困ったような顔でルシドの叱責を遮るラムダ。


「へいへい。隊長はお優しいですもんね」


 まったく、とルシドはひとつ深いため息を零す。


 彼ら三人の中では、戦闘に直接関与せず後方支援に回るラムダは自分たちより格下だと言う認識。


 聖職者は後方支援が通常、ただし修道院ではメイスと盾を使った戦闘術も習うのだけどラムダはこっちの才能が無く、純粋な支援型の司祭だった。


 この『直接殴れない者は格下』という認識を変えていかないと、後々大けがをする可能性が高い。


 今夜、早速この件をルシドと話し合ってみようと思う。



 ――エターノ王国歴1999年 サファイアの月 25日――


 ようやく魔人と魔物の軍勢をドポカータ砂漠まで追いやる事ができた喜ばしい日のはずが、一転して人生最悪の日となってしまった。


 今日の出来事を覚えている限り正確に記す。


 発端は、数か月前に発覚した三人組のラムダ司祭に対する態度。


 あれ以来、酷い仕打ちを目撃した時に数回注意と叱責を飛ばしたおかげで、私とルシドの前ではおかしな行動を控えていたので収束したかと思い込んでいた。


 しかし、今朝がた話がある、と様子のおかしいラムダ司祭に呼び出され、三人が寝ている間にルシドと二人で彼の話を聞いてみると意外な事実が発覚した。


 あれから――私たちが注意と叱責を何度か行った後くらいから、集団での暴行を受ける事が多くなったらしい。

 

 目に見える箇所ではなく普段確実に服で隠れる部分のみを狙われていたようで、別行動中の失敗を私やルシドが責めた日は特に激しい暴行だったそうだ。


 更に悪いことに、勇者一行を模した特別編性チームだという事をかさに着て、行く先々の集落で住民たちへの不当な要求をしていたらしい。


 金銭、食べ物、そして好みの異性。全てはラムダ司祭がもたらす神の啓示だと言って強引に奪い取っていたらしい。

 

 そういう辛い告白をしたラムダを私とルシドは慰め、またこれまで全く気づけなかった事を心の底から謝罪した。しかし――。


「ルシドさん、ルーシュさん、今までありがとうございました」


 突如、ラムダは二人に王族にするような最大限の敬意を持った挨拶をする。


「どうした? まだ勝利には一山あるぞ」

「そうよ。そういうのは全部終わってから、ね?」


 この事を特別編性チームの恥として、戦争が終わったら貰えるはずの莫大な賞金について、彼らの分の取り消しを求めるつもりだ。その為にはラムダには何としても生きて証言をしてもらわなくてはならない。



しかし私たちの真意は既にラムダには届いていなかった。


「僕が必ずあなた方に勝利をもたらします……」


 真剣な表情のラムダの奥に、何か並々ならぬ決意を感じる。


 それは夫も同じく感じ取ったようだ。


「ラムダ? どうした?」


 いつもと変わらぬルシドの声かけにラムダは一筋の涙を流す。


「できれば、一緒に生きて戦争を終わらせて、あなた方の息子さんとも会ってみたかったです。ですがあの大群、僕らだけではとても太刀打ちできないと考えます」


 真剣な目で率直な意見を述べるラムダだけど、その両手は先ほどから小刻みに震えている。


「国王が大群を引き連れて間もなく到着する。そうしたら大軍同士の決戦になる。今は待ちの時間だ。早まらなくていい」


 再び優しく声をかけるルシドに、震える拳をぐっと握ってラムダは反論する。


「でも、それだと大勢死にます。僕たちだけならまだしも、装備も技術も僕たちに劣る兵士にだって愛する家族はいるでしょう。僕は悲しい思いをさせたくないんです、誰にも……」


 司祭らしい発言だ。


 確かに国王が率いる軍隊は、人数は多いが私たちのように強力な武具を授かっていない兵士が大多数を占めている。


 蘇生の奇跡を授かっていても、まともに魔物の軍勢とぶつかれば蘇生が追いつかないほどたくさんの犠牲者が出る。


 ラムダはそんな風に大量の犠牲者が出る事を良しとしていないのだ。


 ふと彼を見ると、何かを決意したような瞳と流血するほど固く握りしめた拳が目に留まった私は思わずラムダを抱きしめる。


 息子のディセルが幼い頃、ダダをこねたり我儘を言った時にそうしたように。


「ラムダ。何を考えているの?」


 その優しくもしかりつけるような口調に、彼はついに自分の想い、考えを話す。


降臨コールの奇跡を願います」

「ダメよ」


 私は即座に否定した。


 降臨コールの奇跡。空のかなたにいらっしゃると言う神を人の身に降ろす、と言われている奇跡。


 珍しく代償を伴う奇跡で、行使した者は確実に肉体が霧散し魂は神と同化、文字通り存在が消えてしまうと言われている奇跡。


 つまり、行使したが最後ラムダは命を落としてしまう。


「いいえ、行使します……もう限界なんです」

「……」


 何が限界なんだ、とは口には出さない。


 いくら私が注意しようが、ルシドが怒鳴ろうが三人組はラムダへの執拗な虐めをやめる事はなかった。


「だから、消えていなくなると?」


 ルシドはあの三人が必要な戦力だとは言え、ラムダの訴え次第で彼らを更迭、別の人材をチームへ加入させる事も考えていた。それはラムダにも伝えていたはず。


 それでも彼は、奴ら三人の悪事を知りつつも何も申告してこなかった。


 これは、確実に私たちの責任。


「いいえ、タダでは消えません」

「何を願う気だ?」

「魔人の軍勢の弱体化を」

「……どういう方法で?」

「言えません」



 その後も長い事押し問答を続けたけど、ラムダは最後まで口を割る事はなかった。


 そしてついに彼は奇跡を行使してしまった。降臨の奇跡を。


 神への願いは魔人の軍勢から生きるのに必要な分を除く魔力の除去だった。周囲の魔力を感知するとそれはすぐに判明した。


 お陰で王国軍との連携で魔人を含む敵軍はいともたやすく全滅、こちらの被害は本当に最小限に留まった。


 

 だがその願いによる代償はラムダの消滅にとどまらず、残された五人の特別チームを長い事縛り付ける鎖、呪いへと変貌した。



 ――エターノ王国歴2009年 アクアマリンの月 1日――


 十二年が経過したけど、呪いはまだ、解けていない――。

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