第4話 本日お休みにつき…
私の店に定休日はないが、薬草類の生育具合の関係で、どうしても必要な薬草が入手出来なくなったときは不定期で休みにしている。
今日がまさにその日。一番使う薬草の一種が、あまり育ちがよくなく、商品として出せないものしか、採取する事ができなかった。
これはこれで自家用に使えるので無駄ではないのだが、栄養をやり過ぎたか水が多かったのか、少なかったのか。その理由をこれから解いていく。
私は生育不良の薬草を一株抜き、様子をみた。
「うーん、根腐れっぽいな。水のやりすぎかな。少し水やりを制限しよう」
私は生育不良の薬草を全て引き抜いて自家用として使うようにしてから、畑を耕しはじめた。
エルフは自然の恵みで生きる。
食料といえば採取するものであって、畑を作って収穫するものではない。
「慣れない頃は変な目で見られたけど、今はもう見慣れちゃったみたいだね。まあ、真似する人はいないけど」
私はクワを振るいながら、小さく笑った。
これは、別に薬草だけに限らない。
採取出来るか分からない木の実などを集めるより、自分で畑を作って野菜を栽培した方が、食料供給が安定していいと思うのだが、なぜか誰も真似しようとしない。
「みんな頭が固くて困るね。まあ、無理に広げるつもりはないけど」
私は呟き笑った。
綺麗に畑を整えると、私は独自に品種改良して、三日で商品としてまで育つ薬草の種を蒔いた。
「これで、風の結界で囲めば大丈夫。よし、準備できた」
私は一仕事終え、肩にかけたタオルで顔の汗を拭いた。
「ここはこれでよし。あとは、あっちだな。生育状況は良好だけど、デリケートな品種だからね」
私は次の畑へ移動し、黄色の花をつけた薬草を見てまわった。
「この調子なら、明日には収穫できるね。毒消しは問題ない」
これもまたよく使う薬草だが、こちらは問題がなかった。
この調子で、里の半分を占めている私の畑を見てまわり、終わる頃にちょうどお昼になった。
「さて、昼ご飯だ。今日は私がいるから、お母さん喜んでいたな」
私は家の裏にある小屋に農機具を片付け、玄関に回った。
扉を開いて家に入ると、ちょうどお母さんが大鍋で煮込み料理を作っていた。
「あら、終わったの。お疲れさま」
お母さんが笑みを浮かべた。
「うん、畑作業は終わったよ。ご飯を食べたら、一度店の様子を見てくる。長に稼いだお金を収めないといけないし」
私は笑った。
「そうですか。気を付けていきなさい。もう少しで、食事ができます」
お母さんが笑みを浮かべた。
「うん、分かった。待っている時間がもったいないから、薬を作っているよ」
私は笑ってお母さんに返し、店にある設備より整った調剤室に入った。
置いてある機械も多く、一度にたくさん作る事ができるので、よく売れる薬はあらかじめこうやって作り置きする事にしている。
「まずは、肌荒れの軟膏でも作ろうかな」
私は在庫が少なくなっていた、肌荒れ対策の軟膏を作り始めた。
材料を細かく刻んで、アラネロという粘液を出す植物の茎を刻み、適度に粘り気のある薬を作って、陶器製の軟膏容器に詰めて出来上がり。
これを一気に百個ほど作って収納庫に入れ、次は痛み止め、その次は虫刺されの薬というように、次々に薬を作っては収納庫にしまい、一杯となったところで作業をやめた。
「これだけ作っておけば、しばらくは平気かな。今日みたいに休みじゃないと、この作業が出来ないんだよね」
私は笑い、調剤室から出た。
「また、熱中して。もう、とっくに料理は出来ていますよ」
食卓についた私に、お母さんが苦笑した。
「ごめんごめん、夢中になっちゃって。それじゃ、ご飯にしよう」
私は笑った。
「全くもう。では、頂きましょう」
お母さんも食卓につき、二人でご飯を食べはじめた。
「そういえば、お父さんはいつ帰るか分かる?」
私はお母さんに聞いた。
「特に連絡はないですよ。物資補給の必要もありますし、いつも通り今週中には戻ってくるでしょう」
お母さんが笑った。
お母さんと昼食を摂ったあとで、私は店へと転移した。
こちらへの転移ポイントは、店内の休憩スペースに定めてある。
「さて、まずは掃除するか」
私は全ての窓を開けシャッターを半開にして、店内の掃き掃除をはじめた。
毎日やっているが、休みの今日はより丁寧に隅々まで埃や砂を掃き出し、軽くワックスがけまでやった。
「うん、綺麗になった。あとは陳列棚を整えて…」
陳列棚に置いた陶器製の薬瓶を丁寧に並べ直し、ついでにちょっとだけ配置換えをして、いつも薬草を並べている陳列ケースを拭き掃除した。
「掃除はこれでよし。あとは…」
そこまで呟いた時、半開きのシャッターを叩く音が聞こえた。
「あれ、お客さんきちゃったかな」
私がシャッターを開けると、手負いの旅人が二人立っていた。
「すまん、今日は休みか?」
この辺りによく現れる、ウォードッグという魔物に噛まれたのだろう。
二人とも両腕に傷を負い、なんとか止血だけはしてあるという感じだった。
「はい、休みですが怪我をされているようですね。傷のポーションなら在庫がありますよ」
こういう事態に備えて、私は毎日十本は傷のポーションと毒消しのポーションを作り置きしてある。
もっとも、余計な薬品を入れていないので、私が作るポーションの有効期限は一週間しかない。
店を開けている時に、注文があったその場でポーションを作るのはこのためだ。
「これはありがたい。そのポーションを譲ってくれ」
旅人たちが笑みを浮かべた。
「少々お待ちを。えっと、傷のポーションは…」
店の奥にある小さな保管庫から、ガラス瓶にいれたポーション二本取りだし、二人に渡した。
「そのまま飲んでしまって下さい。そのポーションは作り置きなので、一本銀貨十枚になります」
私は笑った。
「ずいぶん安いな。ありがたい。銀貨二十枚、確かに渡したぞ」
旅人二人は一本ずつそれぞれポーションを飲み干し、私に空瓶を返却してきた。
「ありがとう。凄い効き目だな。もう痛くないぞ」
旅人の一人が笑った。
「ありがとうございます。では、気を付けて」
旅人たちが手を振って、街道方面に向かって歩いて行く姿を見てから、私は店内に戻った。
「こういう事があるから、なかなか店を休めないんだよね。やれやれ…」
ホッと胸をなで下ろした時、駐車場に駐まっていた一台の馬車が、派手な爆音と共にバラバラに砕け散って吹き飛んだ。
「な、なに?」
道の駅は一気に大騒ぎになり、お隣のお土産屋さんのおばちゃんが飛び出していく姿が見えた。
一瞬遅れて飛び出した私は、激しく燃える馬車の残骸を見て、辺りに負傷者がいないか確認した。
火災は周りの馬車を巻き込んで急速な勢いで燃え広がり、燃える馬車から飛び出してくる人たちで、いきなり惨事になってしまった。
「この臭いは油だね。燃料油の輸送中だったのかもしれない…」
炎の勢いが強すぎて、人は集まるが消火活動すら出来ない。
結局、炎はそこに駐まっていた二十台くらいの馬車に延焼して、道の駅は数分で火の海になってしまった。
「こんな時になにか魔法が使えれば…」
ここは森林地帯内にあるので、エルフ魔法が存分に使える場所ではあったが、里で禁止されているので、私はなにも出来ない。
こんな日に限って薬草がないので、なんとか助け出された人に、在庫だった傷のポーション八本を出すのが精一杯だった。
「出来る事と出来ない事があるとはいえ、これはあんまりだな…」
燃えさかる炎をみて、私は何度もため息を吐いた。
結局、やや遅れて詰め所から飛び出てきたパトロール隊による消火・救助活動の結果、死者十名、重軽傷者多数という被害が出てしまった。
「一度里に転移して、薬草をかき集めてきても間に合わなかったな。たまにはこういう事があるって片付けるには、ちょっとショックが大きい」
禁を犯してエルフ魔法を使えば、あるいはもう数名は助けられたかもしれないが、掟に逆らえば私は店を閉じないといけなくなる。
もっとも、エルフ魔法は基礎的なものでも、人間が使う魔法よりも効力が大きいので、逆に被害を広めてしまった可能性もある。
「これが出来ない事。割り切るしかないか」
私は最後にため息を吐き、自分の店に戻った。
駐車場での大火災によって発生した臭いが充満する店内で、私はシャッターを下ろして、地下室に下りて金庫を開けた。
その中にあった、営業のために取っておく分を残して、大きめの革袋に金貨や銀貨、銅貨などを一纏めにして移し、とりあえず、やるべき事を終えた。
「これで、長に渡すお金の準備ができた。あとは、店内の空気を入れ換えないとダメだね。よっと」
私は店内に戻り、一度閉めたシャッターを全開にして、本日休業の立て札を立てた。
全ての窓は開けてあるので、これ以上は問題ない。
道の駅は焦げ臭い空気が漂っているが、締め切ってしまうともっと酷いので、自然に空気が綺麗になるのを待つしかない。
パトロール隊が中心になって復旧作業を行っているが、少なくとも今日中はこのままだろう。
「失礼する。火傷の薬があれば、提供して頂きたい。詰め所の薬が不足しているのだ」
突然、パトロール隊員が三名やってきて、短く敬礼した。
「軟膏薬でよければ供出しますよ。今日は薬草が不足していて、在庫が全くといっていいほどないので」
私は全ての作り置きの火傷に効く軟膏剤を大きな革袋に詰め、隊員たちに渡した。
「ご協力感謝する」
隊員たちが再び敬礼して、店から駆けて去っていった。
「私に出来るのはこれくらいだね。役に立てばいいけど」
私が渡した火傷の軟膏は、中程度の火傷でも痕も残さず治癒してしまう効力を持っている。
軟膏を百個ほど渡したので、負傷者の助けにはなってくれるはずだ。
「さすがに訓練しているだけあって、片付けの手際がいいね」
凄い速さで駐車場の片付けをはじめたパトロール隊員たちの動きを見て、すっかり私は感心してしまった。
この道の駅は重要休憩ポイントになっているらしいので、こういう時は迅速さが求められるようだ。
「少しは臭いが薄れてきたね。夕方まで空気の入れ換えをして、里に戻ろう。長にお金を渡さなきゃいけないし」
私は苦笑した。
私たちエルフは、人間が使っているお金の価値をあまり理解していない。
私のようにその価値を分かっている者は、里でも私ぐらいのものだろう。
「今回はだいぶ稼いだから、長も少しは喜ぶかな。まあ、いつも通り金庫にしまうだけだろうけど」
私は小さく笑った。
夕方になり、多少火災の臭いが消えてきてから、私は店の戸締まりをして、お金が入った革袋を抱えて里に戻った。
そのまま長の家に向かい、私は出迎えてくれた長に革袋を手渡した。
ちなみにこれ、かなり重い。
「うむ、お役目ご苦労。今回はいつもより多いな」
長が微笑んだ。
「まあ、銀貨はともかく銅貨ばかりだから、稼ぎとしてはほどほどなんだけどね。明日からまた頑張るから、期待して待っていて」
私は笑った。
そのまま家に帰ると、私は大きく息を吐いた。
「やっと帰ってきましたね。なにか、焦げ臭いようだけど…」
お母さんが鼻をヒクヒクさせた。
「まあ、今日はアクシデントがあってね。道の駅で火災があってさ」
私はお母さんに報告した。
「それは大変でした。巻き込まれずに済んでなによりです」
お母さんが笑った。
「笑い事じゃないよ。全く。エルフ魔法…じゃなかった、緊急時に限ってアルフを使う事は許されないかな」
私は小さく息を吐いた。
「それでは、できません。あなたが里を出ているのは、人間のお金を集めるというお役目のためです。もとより、私たちと人間が住む世界は相容れません。もし、アルフを使ってしまうと、それで目を付けられる事となりかねません」
お母さんが苦笑した。
「それはそうなんだけど、見ているだけって嫌なんだよね。自分が特別だなんて思った事はないけど、出来る事はやってみたいから」
私はため息を吐いた。
「あなたの性格上、当然そうなるでしょうね。ですが、長だけではなく、私もアルフの使用を禁じます。あなたが人間社会で活動しているのは、妥協の産物なんですよ」
お母さんが笑った。
「妥協って…。まあ、確かにそうかもしれないけど、悔しいな」
私はため息を吐いた。
「まあ、その気持ちは分かりますが、ダメなものはダメです。さて、ご飯にしましょうか」
お母さんが笑った。
ご飯が終わると、私は夜の薬草園に出た。
この時期になると、月下草という薬草が花を付け、その名の通り月明かりの下でしか開花しない、変わった品種の一つだった。
白い光の中に照らされていると、昼間の大惨事の事も多少気が和む。
「この分なら、月下草も採取出来そうだね。変わった薬効があるから、薬の材料にすると面白いんだよね」
私は笑った。
月下草は主に病気の治療に使われるもので、人間の社会ではあまり知られていないものだ。
「また、クレッシェンドさんと話しが盛り上がるかな。楽しみにしておこう」
私は笑った。
「さて、あと少し見張りをして、家に帰って寝るか。明日も早いから」
私は他の薬草の生育を確認し、特に問題がないと判断してから家に戻った。
お母さんは先にベッドで寝息を立てていて、私は安眠の邪魔をしないように気を付けて横になった。
「もう寝ちゃってるけど、お母さんおやすみ。私も寝なきゃ」
昼間の記憶がよぎって、なんとも気が休まらなかったが、それでもやってきた睡魔に身を委ね、私はそのまま寝てしまったのだった。
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