第3話 禁忌の不老不死

 いつも通りの朝。

 私は商品の準備と薬草の世話を済ませ、朝ごはんもそこそこに店に転移した。

 明け方の道の駅はいつも通り静かで、簡単な掃除と薬草類の陳列を終え、私は店のシャッターを全開にした。

「今日はどうかな。まあ、薬を扱っているから、暇な事はいい事なんだけどね」

 私は苦笑した。

 天気はまずまずだが、気温は高め。

 まあ、いつも通りの夏の一日という感じだろう。

「うん、誰かきたね」

 開店早々、五人組の旅人がやってきた。

「すまん、仲間が体調不良でな。運良くここを見つけた。診て欲しいのだが」

 男の人が三人、女の人が二人という編成だったが、そのうちのまだ男の子という年齢の一人が、お腹を抱えて脂汗をかいていた。

「腹痛ですか。とにかく、そこのベッドに寝て下さい」

 男の子がベッドに横になり、私はさっそく診る事にした。

「参考までに、なにかおかしな物を食べませんでしたか?」

 まずは食中毒を疑い、私は仲間の誰かに問いかけた。

「いや、今朝はそこのケタスの街にある食堂で、同じ物を食ったが俺たちは問題ない」

 その装備をみれば、彼らたちがただの旅人ではなく、いわゆる冒険者である事はすぐに分かった。

 そのリーダーと思われる男の人が、淡々と答えてきた。

「そうですか。取りあえず、腹痛止めを飲ませてみましょう」

 この程度の薬なら、常備している。

 商品棚から腹痛止めの薬が入った薬瓶を取り、それを男の子に飲ませた。

「薬を飲ませました。しばらく、様子をみましょう」

 なんらかの原因でお腹が痛いだけなら、これでよくなるはずだ。

 一応確認したものの、例え同じ物を食べたとしても、全員が食中毒になるわけではない。

 ほかに原因が考えられないため、私はとりあえずの処置はこれでよしとして、一時間くらい様子をみる事にした。

「それにしても、生粋のエルフに会うとはな。これが初めての経験だ。ハーフエルフなら、街中でよく見かけるが」

 リーダー格の男の人が、小さく笑みを浮かべた。

 ハーフエルフとは、エルフと人間の間に生まれた人たちの事だ。

 私はなんとも思わないのだが、ハーフエルフはまずエルフの里に入る事さえ許されず、露骨に嫌って攻撃しようとする者までいる。

 それでいて、人間社会でもなんとなく忌避されているという肩身が狭い立場に置かれ、まともな職に就く事も出来ず、報酬次第で仕事をこなす冒険者となって生活している者が多いと聞いている。

「はい、私は変わり者なので」

 私は笑った。

「うむ、確かに変わっているな。ついでといってはなんだが、傷の手当てに使う薬草を補充しておこう。見たところ、よくある普通の薬草ではなさそうだからな」

 リーダー格の男の人が呟きながら、薬草の陳列棚を珍しそうに眺めた。

「はい、ありがとうございます。薬草のままがよろしいですか。ポーションに加工することも可能ですが」

 私は笑みを浮かべた。

 ポーションとは様々な薬効を持った飲み薬の事で、傷の手当てに使うなら私たちが傷薬と呼ぶものになる。

「うむ、加工もやっているのだな。では、傷のポーションを二十個貰おうか」

 リーダー格の男の人が、懐から財布を取り出した。

「はい、承りました。銀貨二十枚になります」

 私は笑った。

「うむ、思ったより安いな。金を受け取ってくれ」

 私はリーダー格の男の人から銀貨二十枚を受け取り、さっそく製剤にかかった。

 陳列棚から薬草を取り、まずは機械で薬草を絞った。

 その汁を自家製のガラス瓶に注ぎ、他に補助となる生薬を数種類加え、最後にそのガラス瓶に魔法をかける。

 中の薬液が一瞬だけ緑色に光れば、まずは一本完成だ。

 同じ事を注文された二十本分全て行い、紙袋にいれてリーダー格の男の人に渡した。

「確かに受け取った。これで、次の町まではもつだろう。仲間の体調も良くなってきたようだ。助かった」

 ポーション作りの作業をやっている間に、男の子の体調も治ってきたようで、ゆっくりと起き上がってベッドに腰掛けた。

「迷惑かけちゃったね。もう、大丈夫だ。治療費はいくらだ?」

 男の子が財布を取り出した。

 うっかり見落としていたが、彼は子供ではない。

 見た目は人間の子供そっくりだが、彼はホビットという種族の大人だった。

「薬代込みで金貨一枚です。回復されてなによりです」

 私は笑みを浮かべ、代金を受け取った。

「よし、これで問題ない。世話になったな」

 リーダー格の男の人が笑みを浮かべ、五人は店から発っていった。

「朝から大変だね。ケタスの街からきたという事は王都方面からか。どこに行くか知らないけど、無事に目的を果たせるといいね」

 この街道を進むとなると、西に向かうのは確かだ。

 私はこの道の駅以外に、人間社会を出歩く事は禁止されているので分からないが、地図を見る限りでは、この先にあるのは小規模なクランタスという町だ。

 距離から考えるとちょうどお昼くらいになるはずなので、一休みにはちょうどいいだろう。

「さて、今日は朝からお客さんがきたな。幸先がいいかもね」

 私は笑みを浮かべた。


 今日は処置のお客さんが多い。

 聞けばケタスの街からここまでの間で盗賊団が暴れているらしく、命からがら逃げてきたとか。

 街道パトロールという、そういった輩を取り締まる組織があるのだが、どうも上手く対処出来ていないようで、これは忙しくなるぞと胸中で呟いた。

 ちなみに、この道の駅はその街道パトロールが重点的に守り、大きな詰め所まであるので、少なくとも私がここに店を開いてから、一度も襲撃を受けた事はなかった。

「さて、もうお昼だ。今のうちに、お弁当を食べちゃおう」

 立て続けに五組、傷の処置を済ませたあとで、つかの間やってきた空き時間で、私は急いでお弁当を平らげた。

「うん、今日もお母さんのお弁当は美味しかった。午後も頑張ろう」

 私は笑った。

 お弁当を食べて十五分くらい経ったとき、乗合馬車の停留所に一台馬車が停まったと思ったら、そこから降りてきた黒いローブ姿の二人が店に向かってやってきた。

「店主、一つ尋ねたい。『黒バラのツル』はあるか?」

 その初老のローブ姿に問われ、私は黙って頷いてから、地下室に降りて鍵付きの小箱を一つ取り、上に戻ってそのローブ姿に手渡した。

 私が代金が入った革袋を受け取ると、ローブ姿は二人ともなにもいわず馬車に戻り、そのまま王都方面に向かっていった。

「まだ治らないのかな。もう一年近いけど」

 私は小さく息を吐いた。

 なにも、怪しい取引をしたわけではない。

 『黒バラのツル』とは暗号みたいなもので、この国の王妃が患っている難病の治療薬だ。

 万能薬のエリクサーをベースに、さらにこの病気に特化した処方を加えた専用のもので、一ヶ月に一回程度の割合で、こうして受け取りにくる。

 私はその理由がよく分かっていないのだが、王妃がこの病気にかかっている事は、国家レベルの機密事項らしく、最初に一回だけ私が病気の様子を診るために、王妃自らがやっていた時は、痩せ細って今にも亡くなってしまいそうだった。

「さて、手紙は…」

 代金が入っている袋には、城の魔法医が書いた所見が、事細かに記されていた。

「うーん、少しは効いているみたいだね。エルフ魔法を使えば、もっと簡単かもしれないけど、それは出来ないからなぁ」

 まあ、私は薬屋さんである。

 人間社会に深く関わる事を禁止されているし、出来る事を出来るだけやるしかない。

「なんだか複雑な気持ちだけど、これが限界だね。本当は、これすらヤバいんだから」

 私は苦笑した。


 その後は特になく、おやつに持ち歩いているカルカラという木の実を囓って、落ち着いた店内をウロウロしていると、昨日会ったクレッシェンドさんがやってきた。

「こんにちは。様子をみていたのだが、忙しそうだったのでな。今は大丈夫か?」

 クレッシェンドさんが、笑みを浮かべた。

「こんにちは。大丈夫ですよ。どうしました?」

 私は笑った。

「うむ、いきなりなのだが、不老不死の薬というものは存在するのか。人間の魔法薬研究者の間では、永遠のテーマとして研究を続けているものが多くてな。エルフの知識ではどのような感じなのだ」

 クレッシェンドさんが笑った。

「私たちは元々長寿ですからね。そのような研究をしている者もいるかも知れませんが、その発想すらなかったです。考えてみると、あれば面白そうな薬ではありますね。研究だけなら」

 私は笑った。

 私は今年で二百七十八才になるが、見た目は人間の十八才くらいだと、お客さんからよくいわれている。

 そもそも、一年間の日数が違うので、人間とは単純比較が出来ない。

 二百七十九才というのはあくまでも人間の一年で換算したもので、エルフ年齢では二十才くらいだ。

「そう、研究だけならな。のめり込み過ぎて身を滅ぼす者もいるが、それは自業自得だから同情はしない。なぜこんな事を聞いたのかといえば、仲間がドツボにハマってしまってな、諫めるために一筆書いてもらえないだろうか。そんな研究はほどほどにしろと。私がいっても聞かないが、まず見かけないエルフの意見であればまた違うだろう」

 クレッシェンドさんが苦笑した。

「心配なんですね。ですが、私はその方と面識がありません。失礼になってしまうので、クレッシェンドさんが、私と話した結果という形でお話ししてはどうですか。エルフと話したという証に、私が独自に品種改良した薬草を贈ります。これで、少しは変わるのでは」

 私は小さく笑い、陳列棚にある白い花を付けた薬草を、一束クレッシェンドさんに手渡した。

「うん、変わった薬草だな。私自身も興味が出てきてしまった。少し分けてくれ」

「はい、構いませんよ。オノギリソウを品種改良したので、痛み止めになります。金貨十枚になります」

 クレッシェンドさんから代金を受け取り、私は薬草を紙袋に入れて手渡した。

「よし、研究材料が出来たぞ。これからもよろしく頼む。急ぐ用事があるわけではない。今日もここに滞在するからな。明日もくる」

 クレッシェンドさんが笑って、店から出ていった。

「不老不死か。考えた事もなかったな。そんな事をして、なんの意味があるか分からないけど、人間は面白い事を考えるな」

 私はお母さんにいい土産話が出来たと思った。

「さて、そろそろ夕方か。忙しかった一日も終わりかな」

 私は笑みを浮かべた。


 いまだ街道の盗賊団が対処されたという話しを聞いていないので、まだ怪我をしたお客さんがくるかもしれないと、今日は営業時間を少し長くした。

 しかし、結局客足は途絶えたまま、辺りが暗くなってきたので、私は手早く店じまいをした。

 最後に戸締まりの確認をしたあと、私は里に転移して家に帰った。

「お母さん、ただいま。今日は忙しかったよ」

 私は椅子から立ち上がったお母さんに声をかけた。

「ずいぶん遅かったわね。お疲れさま。ご飯が出来ていますよ」

 お母さんが笑った。

「うん、お腹空いたよ。ご飯にしよう」

 私は笑った。

 里の警備隊長をやっているお父さんは、滅多に家に戻る事がない。

 お母さんと二人でご飯を食べていると、話しのついでに不老不死の事を出してみた。

「今まで考えた事もなかったけど、人間は面白い事を考えるね。興味が出てきたよ」

 私は笑った。

 すると、お母さんの表情が固くなった。

「パトラ、間違えても家の外で不老不死などというのはやめなさい」

 明らかに、お母さんは怒っていた。

「そ、それは言わないけど、そんなに怒らなくても」

 私は焦った。

「怒って当然です。もう人間社会との関わりを絶ちなさいと、お役目でなければ怒鳴りつけるところです。理に背いた無限の命になんの価値がありますか。間違えても、研究などはしない事。分かりましたか?」

 お母さんの声は、冷たく固かった。

「わ、分かった。もう、考えたりしないから。ただ、面白そうだと思っただけだよ」

 想定外の事に、私は慌てて手を振った。

「分かればいいです。全く、これだから人間は」

 お母さんがブツブツ呟き始めた。

 これは、これ以上この話題はしない方がいいと思い、私はご飯を食べ終えた。

「お母さんのブツブツが始まると長いんだよね。先に寝ちゃおうかな」

「なにを言ってるの。ちゃんと聞きなさい」

 お母さんの説教はクドクド長いので、適当に相づちを打って聞き流すしかない。

 結局、こってり一時間絞られ、私はテーブルの上にへたり込んでしまった。

「またそんな態度を。ちゃんと、分かっているの?」

「聞いてるからこうなったんだよ。分かったよ、反省してるから」

 私はぐったりと上体を起こした。

「ならばいいです。早く寝る準備をしなさい。明日も早いんでしょ」

 お母さんがまだ怒り顔で、プリプリしていた。

「それじゃ、もう寝るよ。おやすみ」

 やっと逃げ出すチャンスが出来たので、私は手早く寝間着に着替えてベッドに滑り込んだ。

「まいったな。ここまで怒られるとは、思っていなかったよ。一応、反省しておこう」

 私は苦笑して、目を閉じたのだった。

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