猫よりも、たぶん少しだけ

未人(みと)

第1話

 妻のハルヒは一言で言えば「質実剛健、堅忍不抜」。強く、真っ直ぐで、芯のある人間だ。

 ただし唯一、彼女が頭を垂れる相手がいる。猫である。


 俺が何と言おうと、ハルヒは猫を神と崇めるほどの猫好きだ。記念日に贈ったアクセサリーより、駅前で見つけた小さな猫の置物の方が何倍も喜ぶ。旅行土産も銘菓より猫グッズが優先。結婚式場だって「庭に猫が出没するらしい」と聞いた瞬間、即決だった。暮らしていれば、猫が我が家における“神”であることを否応なく思い知らされる。


 「猫は人類にとって福音なのよ」と真顔で言い、俺が野良猫に引っかかれたとぼやけば「猫に嫌われるようなことをしたんでしょ?」と即座に俺を疑う。違う、何もしてない。猫がいきなり襲ってきただけだ。それでも妻にとって猫に誤りはない。好かれない俺の側に問題がある――それが彼女の揺るぎない理論だ。


 そんな妻が、今日の俺には妙に優しかった。季節の変わり目に風邪をひき、熱にうなされて布団に沈んでいた俺の額に、ひんやりとした感触が触れた。目を開けると、ぷにぷにした肉球型の保冷剤。いつも「猫神様の聖なる肉球だから人間は触るな」と宝物扱いしているあの保冷剤だ。毛布も猫柄で統一され、まるで猫神様の加護を受けているかのようだった。


「仕方ないんだから」「今回だけなんだからね」とぶっきらぼうに言いつつ世話を焼いてくれる姿に、不覚にも胸が熱くなる。熱のせいか、それとも――いや、きっとその両方だ。


 思わず俺は聞いてしまった。「猫と俺、どっちが大事?」

 情けない質問だと分かっている。熱に浮かされていたんだ。


 ハルヒは少し黙り、照れくさそうに呟いた。

「世界から猫がいなくなったら嫌だよ。でも……同じくらい、タカシが隣にいないのも嫌かな」


 頬を染めたその横顔を思い出すだけで、今も心臓が跳ねる。結婚して何年も経つのに、こんなふうに惚れ直す日が来るとは思わなかった。


 勢いで「風邪が治ったら、あの猫カフェの譲渡会に行こう」と提案すると、彼女は「うん!」とだけ言い残して子供のように飛び出して行った。


 ……しばらくして戻ってきた時のしょんぼり顔は忘れられない。


「今日、定休日だった……」


「この短時間で直接聞きに行ったのかよ」と笑えば、「真剣なんだから」と頬を膨らませる。


 笑い過ぎて咳き込む俺を見て、ハルヒは真剣な眼差しで言った。


「早く治しなさい」


 それが俺を思ってなのか、それとも猫を思ってなのかは分からない。だが彼女が隣にいるなら、風邪なんてすぐ治る気がした。治ったその日には、二人で――いや俺たち夫婦で、猫神様の聖域たる猫カフェへ参拝に行こうと思う。

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猫よりも、たぶん少しだけ 未人(みと) @mitoneko13

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