美醜逆転の乙女ゲーム世界に転生した無気力な悪役令嬢、追放され、いずれ魔王となって破滅する隣国の国王に嫁ぐ

ぽんたぬ

第1話 反転した乙女ゲームの世界

――この世界では、美が法律だった。


生まれ落ちた子は、教会で『容姿鑑定』を受ける。

顔の輪郭、目や鼻の形、体の太さ――国が決めた基準で数値化され、「至高」「良相」「劣形」「忌面」へと階級が決められる。


その美醜の基準を決めてきたのは、それぞれの国の王族だ。

ちなみに、この国……ルーメンタ公国は君主国であり、君主的権威を持つ国王がおさめている。


国の価値観では、うつくしいほど罪、みにくいほど徳とされる。

それは、教会の説教者が「うつくしさは欲を呼ぶ」と説いたことから生まれた思想だった。

富と欲望が渦巻く都市国家において、「肉体的な魅力は人をくるわせ、堕落させる」とする価値観が、何世代にもわたり文化として根づいたのだ。


私――カロリーナ・ディ・サルヴィアは、生まれながらの「至高」だった。

至高は、容姿や体型がうつくしい者にだけあたえられる最高ランクの階級。

ただし、その意味は現代の常識と真逆である。


ふくよかな体つきに、丸くて柔らかな顔。

細く切れ長の目は「慈悲深い」とたたえられ、低く幅広い鼻と厚い唇は「美しさのあかし」とあがめられる。


鏡に映る自分は、現代日本の感覚なら「不細工」と呼ばれる分類だろう。

でもこの国では、まるで中世の聖人画か、女神そのものの最高の徳相としてうやまわれていた。


――正直、この世界の価値観には、ついていけない。


前世の私は、美醜に関心のうすい、平凡で少し無気力な人間だった。

流行のメイクや、イケメンなアイドルにも興味がなく、服も質素なものばかり。


そんな私が、働きすぎの過労で命を落とした。

終電を逃すのが当たり前になり、夜明け前に仮眠室で目を覚ます日々。

一日十数時間、週六日の勤務が数か月続き、心臓の奥が時おり強く跳ねるのを感じても、「少し休めば平気」と自分に言い聞かせてしまった。


その夜も同じだった。

午前二時を過ぎたオフィスで資料を閉じ、机に突っ伏した記憶を最後に――

次に意識が浮かんだとき、もうそこは見慣れた世界ではなかった。


美醜の価値が反転した異世界。


そして、もうひとつ、さらに私の頭をなやませていることがある。


それはこの世界が、転生するまえに私がひまつぶしで遊んでいた乙女ゲーム『薔薇の王冠は美をたたえる』の世界そのものだったことだ。


ひまつぶしで遊んでいたため、細かなイベントやセリフはまったく覚えていない。

うっすらと記憶に残っているのは、あらすじと主要な登場人物だけ。


プレイヤーは「至高」クラスのうつくしい令嬢となり、イケメンな王子たちと恋をつむぐ。


まさか、そのヒロインと敵対する悪役令嬢に自分がなってしまうとは。


「悪役令嬢って、なにをしてたっけ……?」


頭の奥をいくら探っても、嫉妬して陰謀を巡らせたとか、社交界でスキャンダルをばらまいたとか、断片的なイメージがぼんやり浮かぶだけ。

たしか最後は、シナリオ上は断罪されて退場する役目を負っていたはずだ。


――つまり私は、物語の敗北者として最初から配置されている。


私が生まれたサルヴィア家は、金融と絹織物の交易で巨万の富をきずいた一族だ。

王様から公爵位を授与された、商業貴族なのである。


そのサルヴィア家に舞い込んだのが、ヒロインの攻略対象者のひとり、王太子レオナルト殿下との縁談だった。


なぜ私がレオナルト殿下の婚約者にえらばれたのか。

理由は簡単。

「至高」の階級をもつから、だ。

ようするに、顔だけで後継者にえらばれた。


殿下はこの国で最も尊き「至高」の持ち主、極上の“イケメン”とたたえられた方だった。

でもその“美貌”は、地球での基準ではまるで逆。

厚く張った顎に、広く平たい鼻。

細く切れた目元は、常に瞼が重たげに垂れている。


筋肉のしまりはなく、重たい肉がタプンと重なり合い、そのまま大きく丸い胴体へと続いていた。

前世の私の感覚でいえば、「肥え太った動物のように見える人」だった。


乙女ゲームに出てきたレオナルトとは、あまりにもちがう。

最初に見たとき、すぐには本人だと気づけなかったほどだ。


レオナルト殿下はワガママすぎる性格で、メイドを泣かせても涼しい顔をしている。

容姿はともかく、あの性格はどうにも受け入れられない。

本来なら、そんなワガママを直すのはヒロインの役目のはずなのだが――。


ヒロインは、殿下のワガママを注意するどころか、一緒になって好き勝手を楽しんでいる。

舞踏会では深夜まで飲み明かし、国のお金で豪華なドレスや宝石を買いあさり、メイドを泣かせても二人で笑って終わり。


そのうえ、もっと腹立たしいことがある。


ヒロインは、自分のしでかした悪事をことごとく私のせいにしているのだ。

舞踏会の資金を勝手に浪費した夜も、メイドを泣かせて城を抜け出した朝も、彼女は涼しい顔で「これはカロリーナ様のご命令でした」と言い切った。


そして、王太子レオナルト殿下が「彼女の証言は真実」とうなずけば、それだけで誰も反論はできない。


この国では、司法も軍事も財政も、すべて王家の言葉ひとつで動く。

第一王子の命令は、それだけで判決や勅令と同じ力を持つのだ。


だから、殿下が一言「カロリーナが命じた」と口にした瞬間、証拠などなくても私が犯人になる。

家臣たちは地位を守るため、進んで殿下の言葉を真実として書類に書きつけていく。


――これは、ゲームのシナリオが持つ強制力なのか。それとも、この世界そのものがねじれてしまった結果なのか。


いくら考えても答えは出ない。

ただひとつ確かなのは、私の言葉など、霧のように消える世界だということだった。


そして――気づけば私は、物語の通りに断罪される運命の悪役令嬢になっていた。

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