我輩は、剣である

和泉ユウキ

プロローグ 我輩は、剣である


 我輩は、剣である。

 とある村の小さな洞穴に、意味ありげに刺さっている剣である。

 自ら動くことが出来ぬ、剣である。



 ――我輩は、剣である。



 誰もいない薄暗い洞穴の中で、我輩はただただ無為に語りかける。

 だが、それに答えてくれる者は誰もいない。ついでに、例え誰かがいたとしてもこの声が聞こえることはない。


 何故なら、我輩は剣だからである。


 今も、はああああああっと溜息を吐いているのだが、その音が剣の外側に漏れることはない。これだけたくさん喋っているのに、何故誰にも聞こえたりしないのか。ただただ疑問である。

 誰にともなく語りかけ、誰も聞いていない我輩の話。



 だが、万が一、誰かに聞こえた時のために、我輩は語ることにしよう。



 我輩は、もう千年以上前からここに突き刺さっている。

 気付いたら刺さっていた。それはもう、見事なまでに深々と刺さっていた。柄だけが立派に黒々と輝き、刀身は見えないほどに埋まっていた。

 動きたいと思ったので動こうとしたこともあったが、動けなかった。

 何故動けないのだろうと思ったが、後に一人の少年が来て、我輩を抜こうとしたことで気付いた。



 剣とは、動けないものなのだ、と。



 その少年は軽やかに簡単に地上を走り回っていた。少年には足というものが二本付いていた。腕というものも二本付いており、それで自由に物を掴んだり歩いたりどこにでも行けるらしい。

 だが、剣にはそれが無い。足というものが無い。手も無い。

 それは、動けぬというものである。

 我輩は、気付いた時にはもうここにいた。

 だが、何故か人間や動物という存在がいることと、我輩が剣という存在だという認識はあった。言葉も解せた。例え発音が違う言葉を話す者達が来ても、全て理解することが出来た。


 我輩自身不思議過ぎて不気味過ぎる存在だと恐れおののいたが、こうして生まれたのだから仕方がない。


 故に、我輩は受け入れた。己が剣だということを。

 そして、一つずつ気長に状況を確認していくことになった。

 まず、我輩が刺さっているこの環境だ。

 地面は固い。それはもう固い。土砂降りの雨が降って洞穴の中に大量に流れ込み、洞穴そのものが呑み込まれそうになっても、地盤は全く緩まなかったくらいには固かった。

 あの時は流石の我輩も呼吸が出来ずに死ぬのではないかと、死を覚悟したものである。――まあ、剣は別に呼吸はしないので死にはしない。それは、ちょうどその時そこに一緒にいた一人の人間が溺死したことで証明された。

 なるほど。呼吸が出来ないと、人は死ぬ。



 だが、剣は死なない。実に便利な体であった。



 そして、この洞穴。

 とても小さな規模である。それこそ、我輩が真っ直ぐ視線を向ければ、すぐに出口が見えるくらいには小さな規模だ。

 当然我輩の後ろはすぐ行き止まり。人間が集まればすぐにぎゅうぎゅうに息苦しくむさ苦しい場所になること請け合いである。

 人間でいう目が、我輩のどこにあるのか。

 よく分からなかったが、見ようと思えばどこでも見ることが出来る。故に、恐らく剣の全てが目の役割を果たしているのであろう。人間に擬人化したら、大変恐ろしい化け物に見えそうである。


 だが、我輩は剣である。故に、恐ろしくはない。便利な体である。


 また、我輩は剣ではあるが、地水火風光闇といった属性付きの魔法とやらを扱えるようである。

 もちろん、派手に爆発するほどの威力は無い。

 だが、つむじ風といった、本当の本当に小さな力程度なら、地面に刺さったままでも放てることを知った。

 キッカケは、どこかから遊びに来た子供達が、我輩の柄をがんがんに叩きまくってきゃははきゃははと馬鹿にした様に笑ったことである。


 彼らを懲らしめたいと思い、転ばせるつもりでつむじ風っぽいものを放った。


 すると、見事に彼らは転んだ。尻餅を付いて大泣きした姿に我輩自身大人げないとは思ったが、悪いことをしたら叱られなければならない。故に、我輩はもう一度転ばせた。

 彼らは、二度とここには来なくなった。少し淋しい。そう思ったのは内緒である。



 ずっと千年以上もここに刺さっていると、噂とやらは変に広まるものである。



 子供達を凝らしめたことに尾びれ背びれが付いて回り、いつしか魔剣とまで呼ばれる様になった。少ししょぼい理由であると思ったが、我輩は剣である。寛大な心で許すことにした。

 ついでに、噂が膨れ上がり過ぎたせいで、とんでもない力を秘めた剣だとまことしやかに噂されることになったのである。

 抜いてみせると意気込んだ者達が、意気揚々と抜こうとしては崩れ落ち、全力で肩が抜けるほどに頑張って抜こうとしては敗北し。

 その回数が四桁を超えるほどに繰り返されたあたりで、我輩は数えるのを止めた。そのうち五桁へ行ったら、忘れそうだったからである。

 打ちひしがれて帰って行く者もいれば、「抜けなかったか~」と軽く笑いながら帰って行く者。実に様々な人間に出会った。



 試しに全員に話しかけてみたが、誰一人として気付いてはくれなかった。



 淋しいと思ったのは内緒である。



 そんな剣生を過ごして、もはや千年以上。

 いつまでもそんな風に過ごしていくものだと思っていた。

 けれど。



「こんにちは、ミストル!」



 元気いっぱいに我輩に話しかけてくる青年は、ルドルという名の村の者。

 幼少期から毎日欠かさず話しかけにきてくれる、我輩の話し相手である。

 まあ。



『よく来たな、ルドルよ。今日も元気に』

「あ、ミストルの柄、拭いちゃうね。昨日は風が強かったから、土埃で汚れているだろう?」



 全く意思疎通は出来ないのであるが。

 それでも、彼は我輩の初めての話し相手である。


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