第2話 スープ
俺たちは、両手を上げて人間達に向き直った。
「どうか落ち着いて欲しい、儂らに敵対の意思はない。」
「騎士」の爺さんが鞘ごと剣を捨て、兜の面甲を跳ね上げ顔を晒しながら叫ぶ。
人間達からの返答は無い。
そりゃそうだ。
俺たちは脱走した直後の服装のままであり、「騎士」の爺さんは返り血塗れの
身なりの説得力が終わっていた。
「......何が望みだ」
機関銃を拾い上げた男がこちらに銃口を向けながら尋ねる。
その時、俺たちの誰かの腹がぎゅるるるる、と激しい音を立てて鳴った。
脱走してから丸一日、飲まず食わずでここまで来たことを緊張から解放された体が思い出したのだ。
爺さんが引き続き交渉を続ける。
「パンとスープを恵んではくれないか」
「できればチーズも欲しいなぁ」
「アタシは卵」
「オレはねぇ、サラミ!」
「当機は灯油を1ガロン所望する」
爺さんの後ろから次々に注文をつける4人。
こいつら、存外にふてぶてしい。
「わかった、パンは俺がどうにかできる。他は約束できないが......努力はしよう」
恐る恐る言葉を選んだ男は同じ前掛けをした女に目配せし、女は店の中に入っていく。
この男はパン屋のようだ。
「そこの赤い奴、お前は何が欲しい」
質問の矛先が俺に変わった。
「雨風を凌げる場所があれば教えて欲しい」
「近くに洞穴ならある。案内してやるがその前に
足元の肉塊と化したグノーシスを爪先で小突きながら、推定パン屋が答える。
「了解した。集めて燃やせばいいか?」
「ああ、それでいい。その間にメシの準備をしてやる。裏切るなよ」
銃を構えた現地民達数名に監視された状態で黙々とグノーシスの遺体を積み上げていく。最後に獅子怪人だったものを天辺に放り投げようとした所で爺さんから待てがかかった。
「それ、捨てるのはちと惜しいな。剥ぎ取ってから燃やそう」
「何だって?」
「これから、
「戦い続けるには武器は多いに越したことはないって訳ね」
「同意する。船舶を喪失した我々には島での防衛戦が最良の選択と判断した」
「いいのかな、オレらもいちおーかいじんだよ?」
「敵ではない事を証明する必要がある。それに、彼らも自衛手段くらいは欲するだろう」
「そうだね。同じ立場なら僕だって欲しい」
マジか。
「さっきから何を話している!」
監視していた現地民の1人が銃の引き金に指をかけて叫ぶ。
「この怪人の遺体を解体する許可を頂きたい」
「勝手な事をするな!」
爺さんが俺から獅子怪人の遺体をひったくる。
「貴公らにも有用な情報だ」
「手に持った死体を放せ!さもなくば撃つ!」
「人間の力で怪人を倒せるかもしれんのだ!」
「撃つと言った!」
機関銃のマズルが火を吹いた。人体に容易く穴を開ける弾丸の
爺さんは獅子怪人の死体を自分の前に掲げる。
弾丸の群れは見事に死体に食らいついたかに見えた。
だが、
「これを見よ!」
爺さんが獅子怪人の皮膚を軽く払うと、バラバラと弾丸が地面に落ちて行く。
人間達からどよめきが起こる。
「怪人の皮膚は奴らの手下が使う機関銃すら通さん!だが、人間でも怪人に傷を負わせる方法がある!これだ!」
爺さんは獅子怪人の右腕を持ち、その爪で着弾箇所を軽くなぞった。
獅子怪人の皮膚が裂け、黒い血が流れ出る。
「なぞるだけでこの通りだ!怪人の牙や爪の武器ならば人の身でも奴等と同じ土俵に立てる!」
ざわめき始めた群衆の中から恰幅の良い黒人男が前に出て来る。
「本当かね?私が確かめさせてもらおう」
「ブレイク市長!危険です!」
「こういう時に私が出なければ示しがつかんというのだよ」
「しかし......!」
「いいから、銃を下ろしたまえ」
ブレイクと呼ばれた黒人が獅子怪人の左腕を掴み、腹部に突き立て横へと引いた。
結果は先程の爺さんと同じく、腹の皮膚が裂け血が真一文字に吹き出す。
「おお、本当だ!簡単に切れるぞ!」
「どうだろうか、機関銃を防ぐ皮とそれを裂く爪や牙。これらを解体して装備に加工する術を儂は知っている。儂らのこの島での滞在を許可してくれるのならばお教えしよう」
「悪くない提案だ、市長の名において滞在を許可しよう。宜しく怪人諸君」
「6人を代表して感謝する。貴公らの良い隣人になれるよう、善処しよう」
「では早速だ。怪人の捌き方、まずはさわり部分だけでも見物している職人にレクチャーしてもらおうか」
その後、数人の現地民を交えて獅子怪人の解体を行なった。
猟師や屠畜業経験者は特に飲み込みが早く、始めてから一時間程で、獅子怪人の肉と内臓以外は殆ど切り出されてしまった。
切り出した爪の半分は解体用のケーパーナイフに加工されるらしい。先を見越してのことだろうか。
何にせよ、これで焼却処理の準備は整った。
着火剤としてニトログリセリンの滲む手汗を一滴死体の上に落とし、松明を近付けると死体の山は勢いよく燃え始めた。
パチパチと燃える音を聞きながら「伊達男」はぼそっと呟いた。
「僕等、これで完全に同族殺しだね」
「気分が悪いか?」
「いや、むしろ少し心地が良いんだ」
そう答えた顔は涙でぐしゃぐしゃになりながら笑っていた。
変な奴だ。
焼却処理の終わった後、飯の要望が全員分通った事を戻ったパン屋から聞かされて俺たちは洞穴に案内された。
洞穴は特に語るべきこともない、ただ雨風が凌げる程度のものだがそれで充分。
銀のトレイの上にはライ麦パンとコンソメスープ、茹で卵にチーズとサラミが二切れずつ。
囚人の飯にしては豪華なそれを各々が無心にかっ喰らう。
一日ぶりの栄養に体の細胞が歓喜している。
スープの熱とサラミの塩っ気、ライ麦の酸味。口から入る情報全てが愛おしく感じる。
そうして腹が満たされると眠気が襲って来た。
「凪知らず」は既に姐さんの尾を抱き枕に夢の世界に旅立っており、
「鉄塊」でさえも1ガロンの給油を終えて
「こんなうまい黒パン初めて食ったよ。ごちそうさん」
入口で見張っているパン屋にそれだけ言い残すと、俺も瞼を重力に委ねた。
その日は、久しぶりに楽しい夢を見た。
内容は覚えていない。
ただ実感だけがそこにあった。
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