三重芯変化菊引先水色光露
「わ……なにこれ、初めてみるよ」
「みつるさん、初めてですか? バックギャモン。世界最古のゲームと言われています」
「え? ほんとに?」
「まぁ、世界最古と言われているゲームはいくつかあるので諸説ありますが……あの、
「休憩するわ、ゲームに興味ありそうな二人でどうぞ」
「僕もここで応援してます」
拓樹とハチがサブスペースで烏龍茶を飲みながら、俺を、俺たちを応援しているようにみえた。
「しょうがないですねぇ。では、みつるさんには正面に座っていただいて、と」
トーナメントやろうって言ったのに、と呟きが聞こえてきた。
「は、初めてでも大丈夫かな」
「ビギナーズラックでも勝てることがあると言われてますし、大丈夫です。まず、サイコロの振り方から教えます」
そういった柚真は、細い筒に二つのサイコロを入れると器用に筒を振って盤面にサイコロを転がした。
「すごい! かっこいい!」
「この筒の振り方を最初に覚えてもらいます。もしかしたら、手に触れることがあるかもしれませんが、よろしいですか?」
「はっ、ハイ! よろしくお願いします!」
「あはは、みつるさんってけっこう大きい声出せるんですね」
まだオーディションから勝ちあがって役を取っていた頃を思い出す。
筒を器用に振るのは難しく、柚真の手が優しく俺の指に触れる。
練習が終わってから、細かいルールを教えてもらう。
「日本でいうところのすごろくなので、筒から転がしたサイコロが盤面から出なければ大丈夫ですよ」
「乱雑に扱ったらルール違反、とか?」
「はい、そうなんです。美学が大切なんです」
「……美学」
好きそうなゲームだ。
俺も、だけど、もちろん柚真自身も。
丁寧で優しい柚真にまた会いたい。
でも、今は目の前のゲームを真剣に戦う。
駒が交錯することに面白さを感じる。
正反対の場所から、逆のゴールへ向かう、駒が行き交う盤面。
サイコロの出目に翻弄される。
ふと、盤面から顔を上げ、柚真を見ると彼はじっくり考えこんでいた。
「ん? なにかわからないことがありましたか?」
「あ、あああ? いやっ、大丈夫だからっ」
「すみません、長考が原因でしたか」
「ううん、勝負に真剣な姿を見るの、好きなんだ」
オーディションでの勝負や共演者の姿と、柚真が重なった。
孤独だけど、好きじゃなければやっていけない。
そういう仕事だ。
「じゃあ、負けたら秘密を言います」
「お、俺もそれ、いいかな」
柚真からの賭けに俺も乗ることにした。
それに、伝えられやすい場が整ってきたように感じる。
「ん? なにをですか?」
「俺が負けたら、俺の秘密を柚真に伝える」
「え、えっと。すみません、なんか巻きこんじゃって……いや、あ、あの勝ったら違うことを伝えます」
なんだろう?
勝ったときと負けたときのメッセージの違い。
それに、盤面は俺の駒が進んでなくて、柚真のほうが着実に進んでいる。
複数の駒を全部上げたときに勝負が決まるすごろく。
簡単に言ってしまえばそういうゲームだ。
でも、二人だけの特別な時間を過ごしてる気分になる。
「はーっ。勝った」
「おめでとう」
「ありがとうございます。じゃあ、片付けちゃいましょうか。あの二人は、本当にゲームに興味なさそうです」
賭けに乗ったはずなのに、片付けを始めた指が震える。
先に伝えてしまおう。
柚真の言葉を聞かないうちに。
「あの、俺、俳優をやっています。松島芳祥という名前でテレビドラマや映画に出ています。また、会ってもらえますか」
「……はい」
じゃらじゃらと音を立ててすくいあげた駒を所定の場所に戻す。
「みつるさん。勝ったときは違うことを伝えますと言いました。覚えてますか?」
「は、はい」
俺の声は緊張で情けなく震えている。
「二人だけで会いたいので連絡先を交換してもらえますか」
「……ほんとに? 嬉しい、ありがとう」
緊張が解けていく。
心に芯のある明かりがともったように、あたたかい。
スマートフォンを手に取って出してから、柚真の顔が赤くなっていて、それは俺だけの明かりじゃないと思った。
片方を蓋のように閉じる。
カチャンと音がして、柚真がトランクを閉める。
「こうやってまた仕舞えば、次の場所でもすぐに遊べます。便利なんですよ。また二人で遊びましょう」
「よ、よければ、ぜひ、はい」
オーディションより緊張する。
「おやつにしませんか?」
サブスペースからハチの声が聞こえた。
キッチンでは拓樹が忙しなく動いている。
ハチも拓樹も、俺にとっては柚真より外側にある二重三重の光のようで眩しいけれどあたたかい存在になった。
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