第3話:メイドは発明がすぎる
政敵派閥壊滅事件から数日。私はすっかり引きこもっていた。下手に外に出て、誰かに話しかけられでもしたら、また面倒な勘違いが起きるかもしれない。自室こそが至上の楽園だ。
今日は特に日差しが強く、蒸し暑い。入浴を済ませてバスローブを羽織っても、じっとりと汗がにじむ。
「あー……暑い。お風呂上がりに、何か冷たいものが食べたいわ」
そう、例えばアイスクリームとか。前世では冷凍庫に常備していたものだ。この世界にも氷室はあるが、もっと手軽に、いつでも冷たいものが食べられたら最高なのに。
「氷があればいいのにねぇ……」
私が誰に言うでもなくそう呟くと、そばに控えていた専属メイドのリリアが、カッと目を見開いた。彼女は、青い髪をお団子にまとめた、大きな眼鏡が印象的な小柄な少女だ。
「氷、でございますか……!」
「え? あ、うん。まあ、独り言よ」
「いえ! お嬢様! なんと素晴らしいご発想でしょう!」
リリアは興奮した様子で、懐からメモ帳とペンを取り出して何かを書き殴り始めた。
「常温の水を、魔力循環によって熱を奪い、凝固点以下に……。魔石を動力源にすれば、小型化も可能……! そうです、なぜ今まで気づかなかったのでしょう! お嬢様、あなたはやはり天才です!」
何が何だか分からない。私はただ、アイスが食べたいと言っただけなのに。
リリアは元々、王国一の天才魔導具技師だったらしい。しかし、その才能ゆえに周囲から妬まれ、人間関係に疲れ果てて王都の研究所を飛び出したのだとか。そして、道端でうずくまっていたところを、たまたま通りかかった私がハンカチを渡した(前世の癖で、困っている人を見るとつい何かしてしまうのだ)ことで、「この方にこそ私の才能を捧げよう!」と心酔し、ヴァレンシュタイン家の専属メイドになった、という経緯がある。
もちろん、私としてはただの親切心だったのだが、リリアにとっては人生を変えるほどの出来事だったらしい。それ以来、彼女もまた、私の言葉を深読みする側の人間になってしまった。
「リリア、落ち着いて。私はただ……」
「お任せください、お嬢様! お嬢様の『天啓』、このリリアが必ずや形にしてみせます!」
そう言い残し、リリアは嵐のように部屋を飛び出していった。
……まあ、いいか。彼女がそれで満足なら。私は特に困ることもないし。
そう軽く考えていた私は、数日後、自分の考えの甘さを思い知ることになる。
リリアが自室に併設された彼女の工房に籠って三日三晩。ようやく姿を現した彼女は、目の下に濃いクマを作りながらも、満面の笑みで銀色の箱を運んできた。
「お嬢様! 完成いたしました! 名付けて『永久氷晶箱』です!」
それは、高さ一メートルほどの金属製の箱だった。リリアが箱の側面にある小さな魔石に触れると、ブゥン、と低い駆動音がして、箱の内部から冷気が漂ってきた。
「ご覧ください。この箱の中は常に凍えるような冷たさです。水を入れておけば、数時間で氷になります」
箱の中には、リリアが早速作ったのであろう、綺麗な四角い氷がいくつも入っていた。
「すごいわ、リリア! これならいつでも冷たいジュースが飲めるじゃない!」
私は素直に感動した。これで夏の暑さも乗り切れそうだ。
しかし、話はそれだけでは終わらなかった。
この『永久氷晶箱』、つまり「魔法の冷蔵庫」の噂は、あっという間に屋敷中に広まった。そして、商売に聡い父の耳に入り、事態はとんでもない方向へと進んでいく。
父はリリアから設計図を預かると、すぐに商会を立ち上げ、量産体制を整えた。貴族や富裕層向けに販売を開始したところ、これが爆発的にヒットしたのだ。
食品の長期保存が可能になり、食文化に革命が起きた。特に、夏場に腐りやすかった海産物や肉類が王都でも手軽に手に入るようになり、経済効果は計り知れない。ヴァレンシュタイン公爵家には、莫大な富が転がり込んできた。
そして、なぜかその功績は全て、最初のアイデアを出した私にある、ということになっていた。
「イザベラ、お前は本当にすごい! まさかこんな商才まで隠し持っていたとは!」
父に手放しで褒められても、私は乾いた笑いを浮かべるしかない。
「は、はは……。まあ、ちょっとした思いつきでして……」
「謙遜するな! リリアが言っていたぞ。『あの方の“あったらいいな”は、我々凡人には見えない未来への道標なのです』と! お前には、時代の流れを読む先見の明があるのだ!」
違うんです、お父様! 私はただ、食い意地が張っていただけなんです!
私の心の叫びは、またしても誰にも届かない。
「冷徹なる策略家」に続き、「先見の明を持つ商才の塊」という、全く身に覚えのない、そして非常に面倒くさそうな称号まで手に入れてしまった。
王宮では「イザベラ嬢は、経済をもって国を動かすおつもりか」なんて噂まで流れているらしい。
やめて。本当にやめて。
私はただ、静かに、お風呂上がりのアイスを食べたいだけなのに。
私のニート生活は、日に日に遠ざかっていくようだった。
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