第2話:執事は深読みしすぎる

 コンラートにお茶会のキャンセルを丸投げし、私は宣言通り、自室で至福のダラダラタイムを満喫していた。天蓋付きのベッドはふかふかだし、運ばれてくるお菓子は絶品だ。ああ、これが毎日続けばいいのに。


 そんな平和な午後が過ぎ、夕食の時間になった頃、父であるヴァレンシュタイン公爵が、血相を変えて私の部屋に飛び込んできた。


「イザベラ! 一体何をしたんだ!」

「へ? な、何かって……今日はずっと部屋でお菓子を食べて昼寝を……」

「それどころではない! 王宮が大騒ぎになっているぞ!」


 父の話を要約すると、こうだ。

 今日の午後、王太子の側近であるマーガレット侯爵家の嫡男が、横領と収賄の罪で告発されたらしい。証拠は完璧に揃えられており、言い逃れのしようもなく、即刻拘束。マーガレット侯爵家は王太子の寵愛を笠に着て権勢を振るう、新興貴族派閥の中心だった。その中心人物が失脚したことで、派閥はあっという間に瓦解したという。


「……はあ、それは大変でしたわね」

 他人事のようにつぶやくと、父は「お前がやったのだろう!?」と私の肩を掴んで揺さぶった。

「私が? 何をおっしゃっているのですか、お父様。私は何も」

「とぼけるな! コンラートから聞いたぞ。『お嬢様のご命令通り、殿下の周りを飛び回るうるさい蝿を叩き落としておきました』とな!」


 ……蝿? 叩き落とす?

 私の脳裏に、今朝のコンラートとの会話が蘇る。


 ――正直、面倒だわ。今日のところは会いたくないのだけれど……。

 ――承知いたしました。お嬢様のお心を煩わせるものは、全て私が排除いたしましょう。


 まさか……!

 あの「面倒」が、こういう意味に!?

 いやいや、そんなはずはない。私の言葉のどこをどう解釈したら、政敵の社会的な抹殺に繋がるというのか。


 混乱する私の元に、当の張本人であるコンラートが、涼しい顔で紅茶を運んできた。

「お嬢様、お話の途中失礼いたします。新しいお茶をお持ちしました」

「コ、コンラート! あなた、一体何を……!」


 私が問い詰めると、コンラートは心底不思議そうな顔で首を傾げた。

「お嬢様のご命令通りに動いただけですが、何か手違いがございましたでしょうか?」

「命令なんてしてないわ! 私はただ、お茶会が面倒だって……」

「存じております」


 コンラートはうっとりとした表情で、胸に手を当てた。

「あのお言葉……『王太子様との関係、少し距離を置きたいわ…疲れてしまって』。なんと奥深いお考えか。殿下との婚約者という立場を利用し、増長する者共を快く思われていなかったのでしょう。彼らを一度叩き、殿下にもご自身の足場を見つめ直させる。一石二鳥の妙手。このコンラート、感服いたしました」


 全然違う! 私は本当にただ、身体を動かすのが面倒で疲れただけだ!

 私の心の叫びは、しかし忠誠心に燃える執事には届かない。


「ですが、ご安心ください。手際は完璧に。全ての証拠は匿名で騎士団に届けさせました。ヴァレンシュタイン家の影は一切ございません。表向きは、内部告発による自滅。お嬢様のお手を汚すことは決してございません」


 自信満々に語るコンラートの背後に、黒いオーラが見える気がする。この人、絶対に元暗殺者とかそういう裏の顔があるタイプだ。ゲームではそんな設定なかったはずなのに!


 父はといえば、私の沈黙を肯定と受け取ったらしい。「そうか……そこまで読んでいたのか、イザベラ……。お前はいつの間に、そんな深謀遠慮を……」と震える声で呟き、感心とも畏怖ともつかない表情で私を見ている。


 違うんです、お父様! 全部こいつの暴走なんです!

 しかし、その言葉は喉の奥でつかえて出てこない。今ここで「全部勘違いです」と言ったところで、信じてもらえるだろうか。いや、むしろ「何を今更」と、さらにややこしい事態になるだけかもしれない。


 結局、私は何も言えず、引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。

 その日の夕食後、王宮から知らせが届いた。

 アルフォンス皇太子が、私に会って直接話がしたいと申し出てきたそうだ。側近が潰された一件で、彼も思うところがあるのだろう。


 当然、私は断りたかった。これ以上関われば、またどんな勘違いが生まれるか分からない。

 しかし、父もコンラートも、「お嬢様の思惑通り、殿下の方から頭を下げてきましたな」と満足げに頷いている。もはや、逃げ道はなかった。


 そして、この一件はすぐに王侯貴族たちの間に広まった。

「ヴァレンシュタイン公爵令嬢が、邪魔な派閥を一日で潰したらしい」

「なんと恐ろしい切れ者だ……」

「彼女の微笑みの裏には、底知れぬ計略が隠されているに違いない」


 こうして、私の知らないところで「冷徹なる策略家、イザベラ」という不名誉極まりない評判が、静かに、しかし確実に広まり始めたのだった。

 平穏なニート生活は、どこへ……。

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