第15話 新市街を見下ろして
新市街に降りてきたはいいが――いまから、「あれ」に登るのか。
ケイが朝焼けの空を見上げると、てっぺんが霞むほどの、タワーがそびえたっている。
その間を、空港に向かうトランジットが悠々と運航していた。
そう、駅は――このタワーのてっぺん、地上50mにあるのだ。
重層都市礁は、下層が無人化している。新しい階層を作る際には、まずコンクリートで下の居住階層を充填し、そうやってできた足場の上に新しい都市が建設されていく――その構造はまさに、サンゴ礁がつくる炭酸塩台地なのだ。
とくに、カンブリア紀の古盃類の礁が、石灰微生物によって間がびっちり充填された状態で見つかるのと、よく似ている。
だから人のいる階層と地上とのあいだには、たとえ下層といえども50m、最上層に至っては100m以上もの落差がある。ゆえに――重層都市礁から出たトランジットの路線は、必然的にはるか上空になってしまうのだ。
エレベーターに乗ると、下層に広がる新市街が、どんどん小さくなっていく。
ガラスでできた、集積回路みたいだった。
駅から下を見下ろすと、足元がひゅっと抜けそうな気がして、寒気がする。
周りに比べるものもない地上50mの景色は、なかなかに壮観だ。
――そういえば、リンボク類も最大級で高さ50m程度であったらしい。
てっぺんから見下ろすと、こんな感じか。
そう思いながら、端末のカメラで、カシャリと一枚。
発車の合図。
列車は静かに浮き上がり、シュッというごくわずかな圧縮空気の音とともに、穏やかな加速度で歩き出す。
左手の窓には、クリスタルを敷き詰めたような新市街の住宅群に、看板がちらちらと輝いている。赤系の看板が多いのは、報道AIが一か月前に、赤系が最も視認性が高い、とでも報じた余韻だろう。3週間前に大学を訪れたときは重層都市じゅうの看板が赤く染まるほどだったが、逆張りで青や緑の看板もむしろ増え、バランスが取れてきている印象だ。――ああ、こうやって秩序は保たれていくんだな。
右手を望めば、灰色の巨壁――重層都市礁がそびえたつ。
巨壁をみれば、階層ごとに緑が生い茂っている。
重層都市の最上部が上流階級の住処なのは、たしかにそうだ。
しかし――もっと地価が高いのがその外縁。最上流階級が住んでいるという。
緑に覆われた、白い筋が見える。――なんと、自分用に人工の滝まで作るのか。勿論――流れているのは、上水なのだろう。
まったく、水道代を考えただけでも頭が痛い。
ただでさえ、地上の川から100mも揚水しているから節水に気を配るようにと、初等教育では口酸っぱく言われるのに。
もし仮に下水を流していたとしたら――今度は鼻が曲がる。
……まったく、金持ちのすることはよくわからない。
きっと、太陽にあこがれて家まで透かしている新市街の人々を見下ろしながら、優越感にでも浸っているのではなかろうか。
そう考えていると、自らの考えの浅ましさに気づいて、ケイはぶんぶん、と首を振る。人のせいにすると、どんどん考えが卑しくなる。
人よりも、その人を動かす構造に目を向けるようで、ありたい。
あれほど上空を走っていたトランジットは徐々に高度を落とし、いまや地上すれすれだ。
「つぎは、地上線第一ターミナル」
アナウンスが流れると、ケイはぎゅっと、小さなこぶしを握り締めた。
車窓から望む滑走路には、いまもやはり、わくわくする。大学時代、調査の始まりは、いつもここだった。それを思い出すと、いまにも新しい発見がありそうで――胸がどうも、高まってならない。
毎回目にする旅客機――いくつかの機種はあるが、おおむね変わらない――の機種ごとの違いすら、くっきりと浮きたって見えてしまうくらいには。
駐機するジェット旅客機、SRJ-95Bが、翼端のウイングレットを、朝日に光らせた。
古い写真を見れば――この空港は、海に面していたという。
しかし、いまでは新市街の発達によって陸に囲まれてしまっている。
ターミナルにつながる駅にとまるたび、次々に、大きなスーツケースを持った人々が降りていく。
続いて第二ターミナル、第三ターミナルと通り過ぎたとき、列車に残っているのは、もう残り、数人となっていた。
そして、列車は、海を越える。ここから先には、初めて訪れる。
東京湾の洋上に、ここまで見てきたのとは別格なほど、長大な滑走路が広がっていた。
ケイはごくりと、唾を飲み込み、小さな拳を一層強く握りしめる。
ここからついに地球上を離れ、一路、宇宙へと向かうのだ。
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