第10話 「火星人」
待合室。
テレビの前にグエン、フェイ、そしてケイが並ぶ。
「今日のニュースをお伝えします。小惑星差し押さえ!!上がる金属相場、今後どうなる?」
「パラジウムは、触媒に欠かせない希少金属です。地球においては純粋なパラジウムはまれで、ほかの白金族元素と混じって産出し、その分離には大きなコストと耐腐食設備が必要です。しかしながら、一部の小惑星には高純度のパラジウムを含んでいることから、現在地球で使われているパラジウムのほとんどは火星経済圏から輸入された小惑星に依存しています。――今年輸入される小惑星は、地球での需要30年分に相応するはずでした。ところが。」
ニュースの画面が切り替わる。
「こちら月面、第9外軌道監視ステーションから届けております。パラジウム輸入用の小惑星に、規約違反の加速器が取り付けられていたとのことです――この軌道を見てください。」
ピンクの線で見えているのが、小惑星の軌道。そこに、青い軌道が交差しようとしている――すると、ピンクの軌道がわずかに、ズレた。
「無人のはずの小惑星が、通信の痕跡も一切ないまま、自動で本来航行に影響のないレベルのスペースデブリを「回避」しました。つまり――この小惑星は、地球にもし衝突しそうになった場合、迎撃システムが作動したとしても――迎撃システムを回避し、そのまま地球に落下する恐れがあります。」
「地球政府は、実質的な新型IPGMである、と火星連邦政府に抗議していますが、いまのところ、正式コメントはありません。地球政府は月面宇宙艦隊を派遣し推進機を破壊、制圧する方針です。しかし――この一件により小惑星輸入は当面すべて差し押さえ、現在地球に向かっている小惑星に関しても、逐次検分が入る方針です。」
「IPGMって?」
グエンの素朴な疑問に、ニュースキャスターが振り向く。
人工知能「アトラス」報道版が自動生成する、合成アナウンサーだから。
「IPGMというのは、惑星間誘導岩石弾 InterPlanetal Guided Meteorの訳で、小惑星を誘導して惑星に落下させる大量破壊兵器です。小惑星輸送も小惑星を誘導して地球軌道に乗せる技術ですが、IPGMとよばれるものは精密かつ強力な自動操縦技術により迎撃回避すること、また迎撃妨害システムを搭載していること、の二点を満たし、地球衝突軌道に入った際の阻止を妨害可能なもの、としています。」
「今回の隕石がもし制圧できずに衝突すると、どうなる?」
「半径5㎞が焦土と化すレベルです。」
ニュースキャスターが淡々と続ける。
「なお、この件に関連して、地球に資源を供給している複数の民間鉱山にも一時差し押さえ命令が出ています。ただし例外的に、月面上に軟着陸させた小惑星鉱山を複数私有するエンバートン財団の供給は継続予定です。政府筋によれば、当該鉱山は完全に地球側の監視下にあり、推進器がそもそもなく、火星側との関与は一切認められないため、ということです。」
グエンが舌打ちする。
「またエンバートンか。結局火星人が儲かるんだな」
フェイが小声で付け加える。
「……でも、そのおかげでパラジウムがまだ市場に出回るんですよ。無ければ、触媒工場も止まるし、食糧プラントも動かないし……」
ケイは無言で画面を見ていた。
――アリアの家か。
ニュースキャスターが続ける。
「この事件で各種レアメタルが大幅に値上がりしています。これを踏まえ、エンバートン財団は保有するパラジウムおよびイリジウムの一部を市場に放出し、供給安定を図るとのことです。政府関係者は“投機的混乱を防ぐためにも重要な措置だ”と評価していますが、一方で“価格操作の余地を一族が握ることになる”との懸念も根強く残っています。」
グエンがまた尋ねる。
「火星人ってなんで地球をいちいち爆撃したがるわけさ。」
ニュースキャスターが即座に反応する。
「火星連邦によるIPGM開発の背景には、資源経済の依存関係があります。火星は低重力を活かした資源輸送や、木星圏および小惑星帯の利権を確保し、資源確保の面で地球を圧倒しました。しかし居住環境は脆弱であり、地球側の市場と人口に依存せざるを得ませんでした。とくに、超時空ゲートの開通後は地球側の資源需要が激減し、政治的・軍事的圧力を繰り返すことで価格交渉力を維持する必要があったとされています。」
フェイが小声で口を挟む。
「……要するに、“爆撃したい”んじゃなくて、“爆撃できるぞ”って言い続けなきゃならない状況、ですよね。」
グエンが突っ込む。
「つったって落ちたら半径5キロが焼け野原って、さすがにやりすぎだろ」
ニュースキャスターが応じる。
「火星にとってIPGMは“最も低コストの抑止力”なのです。通常兵器を整備するより、資源輸送用の小惑星をほんのわずか操作する方がはるかに安い。そしてその結果、迎撃に莫大なコストを強いることができる。火星は“もっとも安価で、もっとも効率的な”手段を選んだにすぎません。」
「以上、本件に関して火星連邦からの正式コメントはいまだ得られておらず、地球側の公式立場は“規約違反の疑い”に留まっています」
ケイはまだ沈黙していたが、一つ思うことがあった。
――火星は、弱った、と。
今回のIPGM騒ぎにしても、火星側が「いつでも落とせるぞ」と脅しをかけるのではなく、回避したことに対して地球側が火星に抗議している。小惑星に伴走船と称する、事実上の護衛艦隊がついていたり、大気圏突入用の陽陸城や強襲揚陸艦が建造されていた時代ももう、三十年も昔のこと
――調べようとしなければ、知らなくて済む話なのだ。
今のニュースキャスターだって、そんな火星の過去について、まったく触れてはいなかった。
けたたましい呼び出し音に、応接室の空気が一瞬止まった。
――音声通信。
フェイが小さく息を呑み、眉をひそめた。
「……まさか、音声? このご時世に音声通信って。まだ着信拒否してないんですか……」
その声は驚きよりもむしろ、呆れと困惑の入り混じった調子だった。
ケイは思わず端末を握り直す。
こんなことをするやつは、一人しか思い当たらない。
――「もしもしケイ?今日お茶しない?」
「アリア、ここ会社だよ、それに音声通信回線はものすごく迷惑になるから――」
「火星では音声が一番よ。それに――だっていま、昼休みでしょ?」
「しってるけどさ…他にも人がいるから」
アリアは張り裂けんばかりの声で言った。
「そう?恥ずかしいんだ。」
「聞いてるやつがいたら伝えてやりなさい?」
「私の獲物に、手を出すなって」
応接室の空気は、もうコンクリーションしていた。
フェイは顔を赤らめて視線を逸らし、グエンは吹き出しそうになるのを必死に堪えている。
――やめろ。頼むからやめろ。
ケイは頭を抱えながら、端末を握る手をぎゅっと強めた。
「なあフェイ…知ってるかもしれんが、火星じゃ同性婚が当たり前らしいぜ?」
グエンが言うと、フェイはがっくりと肩を落とす。
「…違うと思います。だってげんに――せ、先輩に手を出してた連中、みんな……『いなくなっちゃった』じゃないですか…」
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