第14話 魔術師としての心がけ

 とうとう着工の日がやってきた。夏はとうに最盛期を過ぎて、秋の入り口のような日だった。

 朝、騎士団の訓練場へ人員が集められて、簡単なセレモニーが開かれる。レオポルトが式を取り仕切り、エリックはその側で控えていた。作業員たちや魔術師たちがぞろりと並ぶ。その前で、レオポルトがスピーチを執り行った。

 挨拶には、領主であるダールマン侯爵も姿を現した。黒髪の偉丈夫だ。彼はレオポルトのスピーチに拍手を送った後、その背後に立つエリックをちらりと見た。


「君がエリック・クレーバーか」


 目を伏せて、礼をする。ダールマン侯爵はそれきり興味を失ったのか、エリックから目を離した。

 そして人員の前に立ち、滔々とスピーチを始めた。当たり障りのない挨拶を聞きながら、エリックは杖を握りしめる。

 緊張した様子のエリックの脇腹を、レオポルトが肘でつついた。顔をあげると、安心させるように微笑む。


「大丈夫だ」


 エリックは頷いて、意図して背筋を伸ばした。いよいよ、二人の計画も大詰めだ。

 地上で動作を確認済の通話水晶が運ばれていく。親機は地上に残すため、騎士団内の一室――管理室、と札を立ててある――に安置されていた。

 本日中に通信水晶は地中へと埋められ、ほぼ同時に親機と接続される。後は二週間ほどこちらへ滞在して、不備がないかの確認をすることになっていた。


 作業員たちが、それぞれの班に分かれて、通話水晶を引き上げていく。魔術師たちも、彼らへついていった。

 ゲスナーだけは麓へ残り、親機の元へと向かう。エリックが迷う素振りを見せると、レオポルトはその肩を叩いた。


「行ってこい」


 その言葉に、エリックは深く息を吐いた。顔を上げて杖を持ち、ゲスナーの後について歩き出す。

 ゲスナーの後に続いて、管理室の扉に手を書ける。管理人権限を持つ者のみが持てる鍵で、扉を開けた。部屋に窓はなく、本棚が壁を覆うようにして立っている。部屋の真ん中に、大きな水晶玉が安置されていた。銀色の透かし彫りがそれを多い、虚空へ手を伸ばすように四方へと腕を伸ばしている。さらにそれを囲うようにして、ソファが置かれていた。

 ゲスナーは、ソファに座っていた。親機をにらみつけるようにしながら、設定を水晶内へ投影させて確認している。


「なんだ、クレーバー。邪魔するなら出ていってくれないか」


 皮肉気な彼を無視して、空いているソファへ座る。エリックは脚を組んで、親機をぼんやりと眺めた。

 親機にはゲスナーの魔力が走っている。ゲスナーは自分自身と親機を接続し、作業に没頭しているようだ。


「……ねえ、ゲスナー。これって本当に、上手くいくと思ってる?」


 エリックの呟きに、「はあ?」とゲスナーは怪訝な顔をした。


「失敗するわけがないだろう。この私が、念入りに準備したんだぞ」

「中継地点が一個潰れると、周辺の通信が途絶する問題は解決した?」


 ゲスナーは不機嫌な表情で「あれか」と鼻を鳴らす。


「この工期内での解決は無理だろう。未来で対応だ」


 ふーん、とエリックは鼻を鳴らした。


「設計図、見せてくれない?」

「誰がお前なんかに見せるか」

「うん。そう言うと思った」


 刺々しい態度を無視しながら、エリックも設定を確認した。水晶の中に、ちらちらと文字と数字が見え隠れする。


(やっぱりこの設定だとまずい。中継機が一個壊れると、関係している範囲での通信は上手くいかなくなる)


 迷うように、指が揺れた。

 今なら間に合う。今から欠陥を指摘して、ゲスナーの設定しようとしている内容を変える。子機を設置後の変更には時間がかかるため、これが最後の機会だ。

 加えて、穴掘りクズリの巣。ハンネスの話を聞く限り、そこに設置した中継機は壊れてしまう可能性がある。

 言うしかない。これまで大切なことを黙っていたツケは、今を過ぎれば払えない。

 エリックは、生唾をごくりと飲み込んだ。


(レオポルト殿下の目標は、ここに通信網を強いて、通報体制を整えること。僕なんかの目的は、達成されなくても、別に)


 与えられた上位者権限で、ゲスナーの現在の操作へ干渉することはできる。だけどそれは、ひどく乱暴なことに思えた。

 最後の最後でエリックは、踏み切ることができなかった。


「……ゲスナー。ごめん。僕、ずっと言ってなかったことがあるんだけど」


 意を決して話しかける。しかし、ゲスナーは見向きもしない。


「黙れ。私は今、仕事で忙しいんだ」


 ゲスナーは忙しなく視線を走らせて、子機同士の接続を確認している。工事は着々と進んでいるらしく、次々と通信が繋がっていった。

 でも、とエリックは食らいつく。彼は鼻で笑って、さらに続けた。


「暇なら、あの王子に媚びを売りに行けよ。頭を使わず腰を遣ったらどうだ?」


 下卑た声色で言う。

 エリックの中で、何かがストンと落ちた。


「そっか」


 躊躇なく、水晶へ手をかざした。

 ゲスナーの権限を上位者権限で停止させる。その続きを、エリックが操作するように設定を書きかえた。

 さらに上位者権限を使って、ゲスナーの管理者権限をはく奪する。強引に、ゲスナーと親機の接続を切った。


「貴様……!」


 水晶の制御を失ったゲスナーが、驚愕の表情でエリックを見る。エリックは鼻歌混じりに演算を続け、踵で床を叩いた。


「きみが頭を使った結果はね、僕がちょっと前に死ぬほど頭を使って、とっくに出してた結果なんだよ」


 通信水晶同士をつなぐための、長い呪文を唱える。

 唱えながら、魔術師学校で最初に習った、魔術師としての心がけを思い出していた。

 魔術とは世界との契約。呪文とは世界との契約書。

 呪文は、どこまでも世界に対して誠実であれ。

 だけどエリックは、レオポルトに対してだけ、誠実であると決めた。

 歌うように呪文をそらんじながら、エリックは指先を動かした。光が散り、点と点だった中継機が繋がれていく。高速思考と魔術の反動で頭が揺れるのが、いっそ心地よかった。

 ゲスナーは何か散々わめいているが、エリックは気にも留めない。埋め込まれた中継機から片っ端に親機から干渉し、設定を終えていく。


「それからゲスナー。僕のことを買いかぶりすぎだったね」


 最後の送受信機を、中継機越しに親機と繋げる。エリックはゲスナーへ、にこやかな笑みを向けた。


「僕だって、ただの人だ。酷いことを言われたら怒る。そしてたとえ間違っていたとしても、きみに思い知らせてやりたいって思うよ」


 すべての子機が通信網へ繋がり、完成する。

 まるで網目のように張り巡らされたそれに、異常がないことを、設定者が確認しなければならない。エリックは「どいて」と、ゲスナーを押しやった。

 ゲスナーは力をなくし、床へとへたり込む。エリックは親機を再起動し、魔力を送った。接続し、一呼吸置いて話し始める。


「こちら管理室。聞こえる?」


 そして、一言付け加える。


「聞こえたら、返事を」


 通信を切る。

 エリックはじっと、次の知らせを待った。

 一拍置いて、水晶が震える。


「こちら第一機。問題なし」

「第二機、問題なし」


 次々と、返信が返ってくる。エリックは淡々と、各送受信機の名前をチェックしていった。

 そして最後の一機から、返信が来る。エリックは震える手で、その名前を記した。

 声が、わずかに上擦る。


「全拠点と、管理室の疎通を確認。本日の作業はこれにて終了となります。明日は、本部の送受信機と、各拠点の疎通確認です。お疲れ様でした」


 そして、通信を切った。

 やりきった。やってしまった。

 顔を手で覆って、うなった。なぜか涙があふれて止まらない。

 乾いた笑い声をあげるエリックに、ゲスナーが怒鳴った。


「貴様ッ、この盗人が……!」


 ゲスナーは身体を起こして、エリックへ掴みかかってくる。拳が振り下ろされ、エリックの頬を捉えた。エリックは床へと崩れ落ち、倒れ込む。そこに覆いかぶさって、ゲスナーは拳を振り下ろした。

 鈍い痛みが走る。何度も、何度も。


(でも、こうされて、当然だよな。本当だったら、ゲスナーが、この立場にいたんだもん。でも)


 されるがままになりながら、エリックはゲスナーへ微笑みかけた。

 間違いなくエリックは、ゲスナーには手の届かなかったことを、ゲスナーには叶わない精度で、成し遂げた。


「貴様ッ……!」


 ゲスナーが怒りに震え、手を止める。エリックはその手首に手を伸ばした。指を絡め、握りしめて、宣言する。


「僕の、勝ちだ」

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