第19話 神崎レン、その正体
自己紹介が終わった後の休み時間、神崎レンは当然のように、はるかの席に直行した。
俺の存在を完全に無視して、はるかの机に手をついて顔を近づける。
「さっきの話の続きだけど」
レンの緑色の瞳が、はるかを見つめる。
「君はこの世界の凡人どもなんかより、僕を選ぶべきだ」
教室の空気が凍りついた。
凡人ども——その言葉に周りの、特に男子生徒たちがざわつき始める。
「おい、てめぇ」
教室の後ろの方から、ガタイのいい男子生徒が立ち上がった。坂田というヤンキー気質の生徒だ。
「聞いてりゃどうにも俺たちを見下してるようだな、色男!」
「だって、その通りだろう」
レンがくるりと振り返る。嘲笑を浮かべながら。
「鏡でも見なよ、岩男くん」
「ふざけんじゃねぇ!このスカし野郎!」
坂田が拳を振り上げる。体重を乗せた、本気のパンチだった。
しかし——
パシッ。
軽い音と共に、レンが片手で拳を受け止めた。まるで子供のパンチを受け止めるような、あまりにも軽々とした動作。
「なっ...」
坂田が驚愕の表情を浮かべる。
次の瞬間、レンが軽く足を払った。坂田の巨体が、あっけなく床に転がる。
「僕に歯向かわない方がいいよ」
レンが坂田の腕を掴む。そして、ゆっくりと曲げ始めた。
ギリギリと音が鳴りそうな角度。折れる寸前まで曲げていく。
「ぐあああっ!」
坂田の悲鳴が教室に響く。
「やめて!」
「ひどい!」
女子生徒たちが悲鳴を上げる。さすがにやりすぎだという空気が教室を支配した。
「冗談だよ、冗談」
レンがあっさりと手を離す。まるで何事もなかったかのように、爽やかな笑顔を浮かべて。
「こんなところで暴行騒ぎなんて起こしたくないしね」
坂田は腕を押さえながら、苦痛に顔を歪めている。額には脂汗が浮かび、呼吸も荒い。明らかに相当なダメージを受けている。
でも、レンはそんな坂田の苦しみなど、まるで理解できないかのような表情だった。他人の痛みに対する共感が、完全に欠如しているような——
生徒たちが、じりじりとレンから距離を取り始める。
その時——
「何をしているの!」
教室のドアが勢いよく開き、紗夜先生が入ってきた。次の授業の準備だったらしい。
「騒ぎすぎです!一体何が——」
紗夜先生の言葉が途中で止まった。
レンを見た瞬間、顔色が変わる。まるで、恐ろしいものを見たような——
「そんなに俺がかっこいいから気になりますか?」
レンが不敵な笑みを浮かべながら、紗夜先生に近づいていく。
そして、紗夜先生の耳元で何かをささやいた。
俺からは聞こえない。でも、紗夜先生の顔がみるみる青ざめていくのが分かった。体が小刻みに震えている。
レンは満足そうに自分の席に戻っていく。
紗夜先生は、震える手で教卓を掴んで、なんとか立っている状態だった。
「あと、お前」
突然、レンが俺を指差した。
「ちょっと話があるから。放課後、裏庭で待ってる」
有無を言わせない口調だった。
***
放課後、学校の裏庭。
ここは校舎の死角になっていて、めったに人が来ない場所だ。雑草が生い茂り、古い体育用具が放置されている。錆びた鉄棒が夕日を反射して、不気味な光を放っていた。
風が吹くたびに、どこかから金属のきしむ音が聞こえる。まるで廃墟のような雰囲気。
「来たか」
レンが振り返る。夕日を背にした姿は、逆光でシルエットになっていた。
「僕は、お前が嫌いだ」
いきなりの宣言。俺は身構える。
「初対面でいきなり何だよ」
「初対面?違うね。お前のことは前から知ってる」
レンが一歩近づく。
「平凡で、取り柄もない。成績だけはそこそこいいらしいが、所詮は凡人の域を出ない。スポーツもダメ、顔も冴えない、存在感もない、おまけにキモいアニメオタク野郎」
言葉の刃が、容赦なく俺を切り刻む。
「そんなお前が、なぜあんな美少女と一緒にいる?なぜ美人教師に特別扱いされる?」
「それは...」
「分不相応だと思わないか?身の程を知れよ、雑魚が」
レンの瞳が、一瞬金色に光ったような気がした。錯覚だろうか。
「お前みたいなやつが調子に乗ってると、虫唾が走るんだよ」
「勝手に言ってろ」
俺も言い返す。ここで引き下がる理由はない。
「はるかは俺の大切な人だ。お前に何を言われようと関係ない」
「ほう?大切な人、ね」
レンが嘲笑する。
「だってお前、サキュバスを二人も従えてるんだろう?」
空気が凍りついた。
心臓が、ドクンと大きく跳ねる。
「な...何のことだ?」
「全部知ってるんだよ、協会は」
レンがゆっくりと近づいてくる。一歩、また一歩。逃げ場のない圧迫感。
「一人でも問題なのに、あろうことか二人とも契約してるなんて...」
協会——その単語に、背筋が凍る。
紗夜先生が言っていた、サキュバスを管理する組織。まさか、レンも——
「お前、まさか...」
「そう、僕も彼女たちと同じ、人ならざる者さ」
レンの瞳が、完全に金色に変わった。
【お礼】
ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございます。
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