特オタ女神尊死する

『⁉⁉⁉』

 言葉すら上げられずに後方に大きく殴り飛ばされたオリジンの思念体はいくつもの特撮グッズやディスプレイを巻き込み、地面に倒れ込んだ。

(! 身体が、動く!)

 そしてその瞬間上位存在の絶対権限は完全にその効力を失い、ディアンケトもまた身体の自由を取り戻した。

「今よノルン! 後はあんたが決めなさい!」

 ディアンケトは自らが密かに完成間近にまで進行させていた鈴木 和の魂の補完のプログラムをノルンに委譲した。

「はい!」

 運命の女神はそのプログラムをすぐさま完成させ、実行。

「和さんの魂を呼ぶために、あなたの思念体を使わせてもらいますよ! オリジン‼」

 ノルンがそう言うと同時に、倒れた影法師――オリジンの思念体は一瞬発光。

 そしてその影法師から経由して別の世界から一つの小さな輝きが飛び出した。

「! 和さん!」

 それが呼び寄せた自らの推しの魂であると瞬時に悟ったノルンは、すぐさまその魂に飛びつくと、その小さくとも確かな輝きを何の躊躇いもなく自らの胸――魂の内部に大切に収めた。

 『……馬鹿な。あり得ません。このような、イレギュラー』

 後に残ったのはオリジンの狼狽する声のみ。

 それが何よりの証明であった。

「……やった」

「みたいね」

 二人の女神は無事に成し遂げたのだ。

 オリジンという上位存在の妨害を受けながらも、鈴木 和の魂の補完という目的を。

 だから――

「いよっしゃああああああ! ふはははは! ざまあ見なさいオリジン! なぁにが上位存在ですか! 私とディアンの手にかかれば、あなたの妨害をはねのけて魂のサルベージをやるんてクソチョロなんですよ! ねえ、今どんな気持ちですか? どんな気持ちですか?」

 歓喜を爆発させると未だにショックから立ち直れずにいるオリジンに対してノルンは散々に煽り散らかした。

『エラー発生。演算実行。エラー発生。演算実行。エラー発生。演算実行』

 だが煽られた相手である上位存在はそれを気にする余裕すらない。

 それ所か立ち上がろうともせずに、壊れたように何度も同じ言葉を繰り返しては、たった今発生してしまった問題を解決に導く為の演算を何度も実行しているようであった。

『解決案なし。運命の女神ノルンと治癒の女神ディアンの処遇を含めた検討を、最上神との合議の下に決定します……』

 やがてそう告げると、思念体の影法師を霧散させるとノルン達の前からその姿を完全に消した。

「……やりましたねディアン」

「……ええ」

 ひとまず目的は成し遂げた事に二人の女神は感慨深い想いを抱く。

 この行動の代償はいずれ払う事にはなるだろうが、今はただこの感動を女神達は共有したかった。

「……って、あれ?」

 しかし唐突にノルンは自分の胸に手を当てると、何度も首を傾げて当惑した顔を見せ始めた。

「ノルン?」

 突然挙動不審となった親友を怪訝に思ったディアンケトは彼女に尋ねる。

「何かあったの?」

「いえその、和さんの魂がちょっと変なような気がするんです」

「……魂の補完に失敗したってこと?」

「いえ、それとは違うのですが――すみません。ちょっと言葉では言い表せない感じなんですよ」

「なにそれ」

 ノルンにしては珍しく歯切れの悪い返答にディアンケトもまた当惑する。

「なんなら、普段他の異世界転移者にやってるみたいにここに召喚して不調を確かめた方が手っ取り早いんじゃない? あんたなら出来るんでしょう?」

 転生を司る女神であるノルンは魂だけの存在に仮初めの肉体を与え、その場に召喚する事が出来たはずだというディアンケトの意見に、ノルンは不安そうに目を伏せた。

「た、確かに出来ますけど、いいんでしょうか?」

「何を今更」

 確かにオリジンに無断で召喚するのは厳禁。処罰の対象となる。

「余罪が増えた所で気にする立場ではないでしょう私達」

 そんなものが霞む程の大罪を既に完遂した犯罪者の半身としていっそ開き直る心境でオリジンは言う。

「あ、そこら辺は元からあんまり気にしてないです」

「あんた、地味に大物よね」

 しかしだとしたら何を気にしているのだと視線でディアンケトが問いかけると、

「だって……」

 ノルンは恥じいるように顔を逸らした。

「私の姿、可愛くない所かだらしないじゃないですか。ジャージだし、髪ぼさぼさだし……」

「いや、本当に今更過ぎない?」

 頬を赤らめもじもじとし出したノルンに、思わずディアンケトはずっこけそうになった。

「私だけじゃなくオリジンの前でも堂々とそのだらしない姿を晒していたあんたが一体どういう風の吹き回しよ」

「だってこれから和さん……推しの人に直に会うんですよ? ちょっとでも可愛い姿を見て貰いたいじゃないですか!」

「乙女かよ」

「乙女ですよ! 推しの前では、幾つになっても女性は乙女になるんですよ!」

「ああ、はいはい。分かったから、さっさと神の権能を使って着替えるなりなんなりとしなさいよ」

「言われなくても! はぁぁぁぁぁぁ!」

「いや、神の力を使うにしても普通に使いなさいよ」

 オリジンの絶対権限を破った時の名残が残っているのか、無駄に気合いが籠もった声と共に、ノルンは女神としての権能を使用し、自らの衣服を替える。

「……あら。思ったより普通ね」

 着替えた服装を見て、ディアンケトは思わずそのような感想を漏らす。

「あんたの事だからもっと大袈裟に着飾ると思ったわよ」

 ノルンの性格からして、彼女が考えられる限り最大のお洒落をしてくると思っていたディアンケトはノルンが女神としての基本の服――仕事着を選んだ事に少し拍子抜けした。

「私だって本当はもっとお洒落したかったですよ」

「すればいいじゃない。私達神は情報さえあれば服だって自由に創造出来――」

「……私ね、これとジャージ以外に服の情報を所持していないんですよ」

「あ、はい」

 思ったより切実な理由で洒落た服を選ばなかった親友に気まずい思いを感じたディアンケトは一つの提案をする。

「私が持つ服の情報をあんたにあげてそれを創造するのはどう? 多少はお洒落できると思うけど?」

「……それ、本気で言ってます?」

「勿論本気よ。私達そんなに身長も変わらないから問題なく着れ――っ!」

 瞬間、ディアンケトは気付いた。自分がとんでもない失言をしている事に。

 そう。身長は問題なくても自分とノルンの身体には致命的なまでの差異がある事を。

「お分かりいただけましたか? そう、巨乳のディアンの服を貧乳の私が着れるわけないじゃないですか」

「――なんか色々本当にごめん」

「気にしてませんよ、どうせ私なんか――ふひひ」

 へそを曲げたのか、卑屈な笑みを浮かべながらそっぽをむいてしまうノルンに、彼女の親友は気まずそうにしながらも、言う。

「今度、一緒に服を見繕ってあげるから機嫌を直して」

「ディアン好き」

「いや、チョロすぎか」

 一瞬でノルンの顔は明るくなった。

(先程オリジンに対してクソチョロと言っていたけどそれはノルンの方じゃない

いかしら?)

 そう思ったディアンケトであったが、指摘すると再度面倒な事になりそうなので思うだけに留めた。

「服の事は置いておいて、気を取り直して早速召喚、やっちゃいますよ!」

「もう好きにして頂戴」

 これでようやく一段落つくと、肩の荷が下りる心境になりかけたディアンケト。

(って、ちょっと待ちなさい)

 しかしそこでそこでふと一つの事実に気が付いてしまった。

(呼ぶの? 今のこの部屋に?)

 元々汚部屋であったのに、ノルンがオリジンを殴り飛ばした時に発生した家具等の被害のせいで部屋は荒れ果て、混沌の呈を晒していた。

「待ちなさいノルン! やる前にこの部屋の惨状を何とかした方が――」

「出でよ私の最推し!」

 ディアンケトの警告は届く事なく、ノルンは自らの権能を行使し、魂の召喚を実行してしまった。 

 そして遂にノルンの最推したる中年の男性が現れる――

 筈であった。



「う……」


 

 確かに混沌の汚部屋に鈴木 和という一人の男性は召喚された。

 しかし問題なのはその姿であった。

「どこだ? ここ?」

 発する声は成人した男性のそれではなく高い。

 それもその筈、汚部屋に召喚された鈴木 和の姿は中年の男性ではなく、少年の姿であったのだから。

「あなた達は?」

 驚いたように周りと――女神達を見る鈴木 和。

 しかし驚いているのはディアンケトも同じであった。

「……これは一体どういう事なの?」

 どういう訳か外見が12~13歳程まで退行した鈴木 和の姿に、治癒の女神もまた困惑していた。

「ノルン。これは一体――」

 異世界転移者の魂を管轄している専門家でもあるノルンの見解を聞こうと彼女に顔を向け――ディアンケトは見た。

「……」

 運命の女神が無言で倒れるのを。

 直立不動のまま、背後に。受け身すら取らずにである。

「ノルン⁉」

 突如として尋常じゃない倒れ方をしたノルンに、ディアンケトは駆け寄った。

(まさかオリジンを殴った時の反動でも起きた⁉)

 上位存在の絶対特権による命令に力尽くで抗ったのだ。ノルン自身が気が付かない内にダメージが蓄積されていたとしてもおかしくない。 

(まさか、それが魂の召喚を行った事で表に出てきてしまったとでも言うの?)

 絶望的なまでにあってしまうつじつま合わせに汗を流しながらも、ディアンケトはノルンを抱き起こした。

「しっかりしなさいノルン!」

「う……あ」

 ディアンケトは小さな痙攣を繰り返しながら、小さな声で何かを呟くノルンの言葉を聞き届けようと彼女の口元に耳を寄せ――



「ショタ和さんの生裸体……尊い……です」



 ひどくどうでもいい事を聞いてしまった。

「……我が生涯に一片の悔い無し」

 そう告げると女神はがくりと頭を垂らし、意識を失った。

「……」

 ディアンケトは介抱する気が途端に失せた。

「そ、その人大丈夫なんですか⁉」

 しかしそんな治癒の女神の心情を知る由もない少年は健気にもノルンの事を気遣っていた。

(この状況で、この駄女神の事を気遣うとは大したものね)

 自分がどのような状況に陥っているのかも分からないであろうこの状況下で、鈴木 和は意識を失ったノルンに対して気遣いを見せたその慈愛の精神に、治癒の女神たるディアンケトは少なからず好感を覚えつつ、事実を告げる。

「駄目ね。死んだわ」

「死⁉」

「死因は尊死ね。間違いないわ」

「尊死? え、冗談ですよね?」

「その冗談みたいな事で死ねるのがこの馬鹿なのよ」 

 誰よりも幸せそうな顔で虚ろな目をしているのがその証拠であると、駄女神の頭を小突きながらディアンケトは言う。

「まあ、これは腐っても女神だから、死んでもその内に生き返るから気にしなくていいわ」

「女が――み?」

「ああ、そうか。まずそこから説明しないとね」

 本来ならこういった説明は普段から人と関わっているノルンが適任のはずなのに、肝心の女神は返事がないただの幸せの屍と化している。

「私は治癒の女神ディアンケト――ディアンと呼んで頂戴」

「治癒の……女神様? ええと、俺の名前は――」

「知っているわ。鈴木 和でしょう?」

「え、どうして俺の名前をご存じなんですか?」

「……色々とややこしい状況になっているのよ」

 そしてそのややこしい状況の説明を、人間と関わる経験が少ない自分が行うしかないとディアンケトは心中で軽く嘆息した。

(本当はこういうのはあんたの役目でしょうに、なんで気絶しているのかしらね――この駄女神は)

 先程の魂のサルベージのように肝心な時は周りを驚かせる程に有能なのに、普段はどこか抜けており、何かとやらかす親友にディアンケトは苦笑する。

(まあ、そういう抜けている所があるからこそ、私も親友をやっているんでしょうけど……)

 この先何が起こるかは分からないが、自分はきっと何処まで行っても、この親友の世話を焼いているのだろうなとディアンケトは何となく思いながら、親友が行う筈であった役目を引き継ぐ。

「色々と説明をしてあげたい所だけど、とりあえずあなたの服を用意するわね」

 とりわけ最優先に行わなければならないのは、鈴木 和少年に服を着せる事だろう。

(多分もう一度見ても死ぬわねこの馬鹿は)

 復活した瞬間に、和少年を見てまた死ぬという最速リスボーンキルを披露する親友の光景が容易に想像出来たディアンケトは、鈴木 和に服を着せる事は何よりも優先される大事であると認識していた。

「服? って、俺裸⁉ すみません!」

「謝らなくてもいいわ」

 むしろ謝るのは全面的にこちらの方だと心中で密かに付け足す。

「と言っても、人間の男子の服はあまり詳しくないのよね……」

 神の権能を用いて創造しようにも、肝心の情報が無い。あんな事があった直後にオリジンと意識接続して情報収集など出来るはずもなく、どうしたものかと悩んでいると、ディアンケトは一つの事を思い出した。

(そうか……この部屋にはちょうどいい服のサンプルがあったんだったわ)

 ディアンケトは後ろを振り返ると、目的の物を見る。

(……良かった。無事だったみたいね)

 ディアンケトが見たのはノルンが作成した鈴木 和のフィギュア達が飾られたディスプレイであった。

「ええと……年齢はこれぐらいかしら?」

 先程のごたごたの最中でも奇跡的に難を逃れたディスプレイのフィギュアの中から今の鈴木 和と外見が酷似した者――年齢14歳ぐらいのそれが着ている上下の服の詳細情報を資格情報から解析する。

「――こんな感じかしらね」

 ディアンケトは、その情報を元に女神の権能を用いて鈴木 和の前にそれらを創造した。

「⁉ なんで服がいきなり⁉」 

 突如として自分の前に現れた服に少年は大いに驚いたようだ。

(ああ、そうか。びっくりするわよね)

 神達では日常的に行っている権能を用いた物体の創造も、人間にとっては非日常な行為であるという事をディアンケトは鈴木 和の反応から実感させられた。

「どうかしら? 服のサイズは多分合っていると思うんだけど――」

「は、はい。それは問題ないのですが――」

 慌てて現れた服を身につけながらも、何かを言いたそうに自分の方をちらちらと見てくる鈴木 和の姿にディアンケトは苦笑する。

「気になる事は遠慮無く聞いて頂戴。答えられる事は可能な限り答えるわ」

 それは紛れもないディアンケトの本心であった。

 彼の疑問に答える義務が、自らとノルンにはあると思ったからだ。

(結果的にだけど、私達は鈴木 和の本来の魂の輪廻の理をねじ曲げてしまった)

 ならば彼の行く末を見守り、その行動をサポートする事は自分たちの責任でもあるとディアンケトは考えていた。

「で、ではお言葉に甘えて聞かせてもらいます」

「ええ」

 ここはどこなのか? どうして自分は子供の姿になっているのか? 私達は一体何物なのか? 疑問はそれこそ山のようにあることだろう。

(どのような質問が来ても女神らしく真摯に、丁寧に答えてあげなくちゃね)

 密かに自らに誓いを立て、ディアンケトは鈴木 和の問いに耳をすましていると――



「先程女神様が見られていたあそこのディスプレイに、どう見ても俺にしか見えないフィギュアが大量に並べられているんですけど――あれってなんですか?」

「……ア、ハイ」



 ディアンケトが自らに立てた誓いは彼女の親友である変神の為に、一つ目の質問で無残に砕け散った。


 

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