山羊座

 むかしむかし、とある川のほとり

 神々が集まって宴会を開いていました。


 そこに、宴会に呼んでもらえなかった怪物テュポーンが現れます。


「テュッポーーーーン!!!」

「!!?」


 テュポーンといえば最大最強の怪物。めっちゃ強い。めっちゃ怖い。

 そんなのが突然現れたものだから、宴会は大混乱です。

 神々は慌てふためき、おのおの動物の姿に変身して逃げ惑い天上へと帰ってしまいました。


 なかでも最大の醜態をさらしたのは、牧畜の神・パンでした。

 もとより上半身が人間、下半身がヤギという変わったビジュアルの彼でしたが、テュポーンの出現に驚き、まず全身ヤギに変身して逃げようとします。

 ところが。目の前には大きな川。

 そこで彼は、魚に変身しようとします。

 ところがところが。焦っていてうまく変身できません。

 結局、上半身はヤギ、下半身は魚というエッジの効いた姿で「アカーン!」と叫びながら川に飛び込んだということです。もうグダグダです。



 さて、宴会は混乱のうちに終わり、会場を移して神々による大反省会がはじまりました。

 会場では前方の大画面に牧神パンの変身&ランナウェイ映像が繰り返し流されています。


「やべえ。パンちゃんマジでウケる」

「見てこれ。下半身だけ魚。芸術点高いわ」

「正直、これだけで何杯でも酒飲めるわ」


 神々は自分たちも慌てて逃げたことを棚上げにして大盛り上がりです。

 娯楽の少なかった時代なので、わりとしつこくイジリます。


 すると、大神ゼウスが厳かにこう言いました。


「みんな、やめーや」


 静まり返る一同。


「君ら、テュポーンなんかにビビってるようじゃ全然アカンわ」


 こんなこと言ってるゼウス様ですが、後年テュポーンに思くそシバかれます。

 まあ、それは別の話。


「その点、パンちゃんはエンターテインメントゆうもんを分かっとる。そんなパンちゃんをワシは最高の栄誉で称えたいと思う」

 

 最高の栄誉とは……まさか?


「牧神パンを『山羊座』に任命する!」


 会場は今日一番の盛り上がりを見せたといいます。


「星座キター!!」


 このゼウス、印象深い出来事や生き物を見るとすぐに、日記感覚で星座にしてしまう悪癖があります。しかも、わりと悪ふざけします。


 今回の牧神パンも、半ヤギ半魚の姿で星座にされてしまったようです。悪意あります。

 そこはちゃんとしてあげて……。

 


 そんなわけで、秋の夜、南の空にはいまもちょっと微妙な表情を浮かべた山羊座を見ることができます。


 ちなみに、恐慌や混乱を表すことば「パニック」はこの牧神パンからきているのだそうです。 

 




   

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