12 プロテスト。④ 美咲
透き通った黒が広がるラインには、誘導灯のような点線が伸びている。視界の遥か先まで点々と続く誘導灯は、お互いの戦艦ハルケーを結んでいる。この誘導灯のおかげで、ラインプレイヤーが平衡感覚を失うことはない。
ラインの上限にわざと身体をぶつけて、反動を使って上から襲いかかってくる【ハルトル】の斧を、一体のガンビットを犠牲にすることで防ぐ。残りの三体のガンビットが、ハルトルを集中砲火するが、ブリンクスキルを起動してバックステップで回避する。ハルトルはボールの後ろに隠れて、射程の不利をやり過ごす。無敗のプレイヤー【LIPスライム】のミクロは、美咲を遥かに凌駕していた。
『君、別ゲーのプロゲーマー?』
『……違うよ』
ミッドラインに響いたLIPスライムのオープンVCに、美咲も呼応した。褒められているのは分かるけど、相手が余裕ぶっているのも分かる。美咲は賢いから、人の言動の裏にある本心を察する能力があった。そしてその能力は、対戦ゲームの駆け引きに活かすことができた。
『負けてる相手に言われても、嬉しくないね』
『自分の負けを認められるのも、強さだな』
実際、美咲とLIPスライムの勝敗は拮抗していた。
しかし、拮抗しているという状況が、美咲にとっては負けだった。
美咲がピックした【サンデーサイレンス】というメテオラは、全てのメテオラのなかで最強の評価を得ている。序盤中盤終盤、隙のない性能でありつつも、攻撃力のスケールが良いので、とんでもない火力を出すことができる。弱点があるとするなら、操作が特殊で難しいことくらいだけど、プロテストリーグに参加するプレイヤーのレベル帯になるとあまり関係がない話だ。
一方、【LIPスライム】がピックした【ハルトル】は斧攻撃による高いクリティカル率と、ライフスティール効果による継続戦闘能力が魅力のメテオラだが、強みというのはそれぐらいで、射程が短いという弱点の方が目立っていた。サンデーサイレンスを相手にしたハルトルが、まともに戦えているという時点で異常だった。普通のプレイヤーなら、スターの下で大人しくボールが来るのを待って、斧でちくちくファームするしかできない。
そのことを考えると本来は圧倒的に勝たなければいけないのだが、やはり別ゲーとはいえプロゲーマーというのは人間性能が飛びぬけていた。美咲としては悔しさが込み上げる思いなのだが、しかし、拮抗は十分だった。
トップラインからファーストエスケープの知らせが届く。
このユニバースで最初のキルを獲得したのはトップライナーの【ラブ・サイダー】だった。人間性能という話なら、この【ラブ・サイダー】もプロゲーマー顔負けのタイマン力を持っていたのだ。
『ここまで来て一敗ってのは気分が悪いなあ』
『……』
LIPスライムが放つ強者特有の威圧感を受けて、美咲は押し黙る。
サンデーサイレンスの周囲に四体のガンビットと呼ばれる小型のメテオラを展開して、ハルトルの動きに警戒する。サンデーサイレンスは、この四体のガンビットそ操作して戦うのだが、ガンビットの操作ばかりに気を取られると、本体のサンデーサイレンスの方が攻撃されてしまう。
美咲はガンビットの性能をそれぞれ、物理防御、物理攻撃、エネルギー攻撃、エネルギー攻撃の四つに分けていた。物理攻撃を主体とするハルトルと対面するときは、エネルギー防御が必要ないので、そこの枠をもう一体のエネルギー攻撃に振り分けていた。
お互いのメテオラの横を、ボールが通りすぎ、ラインの真ん中でぶつかる。
刹那、ハルトルは急降下して、美咲の視界から消えた。
「!?」
ハルトルの動きに追いつけていない美咲は、予測だけでガンビットを下側に集めて防御を固める。その後、視線を下に動かすが、ハルトルの姿がない。ミニマップを確認しても、すでにラインから姿を消していた。
(……逃げた?)
美咲はすぐにミニマップを押して味方に警戒のピンを焚く。ミッドラインから移動したハルトルが、ボッドラインか、トップラインのどちらかにロームしている。まさか姿を消すためだけに、貴重なエネルギーブーストを使うとは思っていなかったので、完全に不意を突かれた形だった。
(それでも、わたしがミッドをプッシュしたら有利は変わらないけど)
デブリのなかに消えたハルトルのことは気にせず、トップライナーとボットライナーには警戒するようにだけ伝えて、ミッドプッシュをするだけで有利を作ることはできる。そう思って、前に出た瞬間、デブリから飛び出してきたのは敵の【イージーゴア】だった。
(……っち)
美咲は心のなかで舌打ちをして、エネルギーブーストを使い、スターの下まで逃げようとする。しかし【イージーゴア】のスキルに当たってしまい、スネア状態になったサンデーサイレンスに、今度はハルトルがデブリから飛び出して突っ込んできた。
本体がスネア状態でも、ガンビットは動かすことができる。四体のガンビットを一気にイージーゴアの方に寄せ、アルティメットスキルを使って、ダメージをバーストさせる。しかし、イージーゴアの体力を削り切ることはできない。
動きの止まったサンデーサイレンスの胴体に、ハルトルの斧が一発、二発、三発と入って、鐘を鳴らしたような金属音をユニバースに響かせる。イージーゴアと、ハルトルの多重攻撃により、サンデーサイレンスの体力は0になってエスケープした。
これで獲得キル数は1対1。ジリジリと拮抗した試合になった。
(透水がカバーに来なかったのが悪いよね。何やってたんだろ?)
こういう拮抗した試合で明確な違いを生み出すことができるのがデブリというロールだった。エスケープタイマーを消化中の灰色になった美咲のユニバースに、キル獲得のアナウンスが入る。
トップでは【ラブ・サイダー】が順調に育っていた。
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