第三十九話 友達になろう
「友達になろう!」
伽耶の暖かい声は冷気を切り裂くようだった。
その場にいた全員が、思わず口を開けたまま固まる。
「……はぁ?」
ロッテの青い瞳が伽耶を射抜く。
「私の名前は伽耶。毎日お邪魔してごめんね!」
凍えるほど寒いはずなのに、伽耶は笑顔を絶やさなかった。
「あのね、私、ずっと苦しかったんだ。仲が良かったはずの友達に、突然嫌われたり……大事なものを壊されたりしてさ」
六もおもとも、ハクも――ただ黙って見守っていた。
白い息を吐きながら伽耶は話し続ける。
「でも、自分が苦しんでる姿って、家族には見せられないしさ。心配させたくないから……だからね、私には友達がいないんだ」
「後ろにいるじゃないか」
ロッテが冷ややかに返す。
「ううん。あの三人は、私を助けるために力を貸してくれてる妖たち。でも……私はこの三人とも、友達になりたいって思ってる。そして、いつかはお互いを支え合える、心で繋がった仲間になりたいって思ってる!」
「それが私に何の関わりがある」
「うん。だよね。でも関わりはあるんだよ」
「どんな?」
「私が――ロッテちゃんと友達になりたいって思ってるから!」
あまりに突飛な言葉に、ロッテは息を呑むしかなかった。
「私はね、現世から飛ばされて来た人間。ここには知り合いも誰もいなかった。でも今はこの三人が力を貸してくれてる」
伽耶は六たちへ手を向ける。
「でもそれだけじゃダメだって思った。借りるだけなんて、都合の良い生き方は正しくない!」
ハクの瞳がわずかに揺れた。
「自分のことだけ考えて幸せになれる人もいるかもしれない。でも私はそうは思わない。そんな生き方じゃ誰も幸せになれない!人間とか妖とか、裏とか表とか、そんなの関係ない!みんなで楽しく生きたい!だから――」
伽耶は深く息を吸い込み、声を張り上げた。
「私たちみんな、友達になろう!!」
その手がまっすぐにロッテへ差し伸べられた。
⸻⸻⸻
――宿に戻った一行。コマは部屋で待っていた。
「おかえりなさい。今日はずいぶん時間がかかりましたね……え!?」
コマは目を疑った。
伽耶の後ろに、金髪の少女――ロッテが立っていたのだ。
「まぁ! 仲良くなれたのですね!」
コマは満面の笑みを浮かべた。
「いやぁまぁ……なんとか」
伽耶は頬を赤らめて笑う。
「ロッテ、皆さんと仲良くなれたのね」
コマが声をかけると、ロッテはむすっとして答えた。
「いや、コマの知り合いって聞いたからさ」
コマは小首を傾げた。
⸻
――少し時間を巻き戻す。――
差し伸べられた伽耶の手に、ロッテはそっと手を重ねた。
六もおもとも、思わず目を丸くする。
伽耶が嬉しそうに笑みを浮かべながら、ロッテの手を握る。
だが次の瞬間、伽耶の体を凍気が襲った。
ロッテの手から冷気が噴き出し、伽耶の腕を包み込む。
「伽耶さん!逃げて!」
六が叫んだ。しかし凍りかけている伽耶は体を動かせない。
おもととコマが、ロッテに飛び掛かろうとした時、六がもう一度叫ぶ。
「私たちはコマさんの馴染みなんです!」
「……コマと?」
「はい!コマさんに頼まれてここへ参りました!どうかご一緒に、コマさんの元へ!」
ロッテの青い瞳がわずかに揺れ、冷気が収まっていく。
「なんだ……コマの知り合いか」
伽耶はへたり込み、大きく息を吐いた。
「ばあぁ……死ぬかと思った!」
全員がようやく安堵の息を漏らした。
⸻
という流れだった。
それを聞いてコマは笑う。
「ちょっと!笑い事じゃないから!本当に死ぬかと思った!意識がふーっと薄れて行くような……」
「回りくどい事をしないで、最初からコマの名前を出せば済んだんじゃ?」
ハクが呟く。
「いえ、そんな事はありませんよ。皆さんの努力の賜物です」
コマが笑顔で椀に茶を注ぐ。
「なんで私をここに呼んだの?いつもの祠に来れば良いだけなのに」
ロッテはコマを見る。
「別段、用事はないよ」
コマは笑った。
「はぁ!?どういう事!?」
ロッテが声を荒げる。
六もそれに続いた
「友になってほしいとは聞きましたが……なぜ、私たちにこのような事をさせたのですか?」
コマは笑顔を絶やさないまま、縁側に腰をかける。
「ロッテは人間、特にこの国の人間を毛嫌いしています。伽耶さんは現世へ戻ること、魚津の友を救う事を目的としていますよね?」
コマはお茶を手に取り、話し続ける。
「ロッテは違います。故郷に戻ろうとは思っていません。だけど、この国の人間ともうまく付き合えません。猫になれば「珍しい」と追い回され、人間になっても、異国人のため距離を置かれます。この国で暮らす以上、ロッテに必要なのは人間の友なんです。そんな折、伽耶さんが現れたので、少し利用させて頂きました。ごめんなさいね」
(だから猫を探してる時、自分から現れたのか)
伽耶は少し納得した。
「なんだそれ!なら私は帰る」
ロッテがむっとした顔で部屋を出ようとする。
「ロッテ。あなたのためにここまで尽力した方々がいるんだよ」
コマが優しくも厳しい目つきで続ける。
「今日はここで皆さんと話しましょう。帰るかどうかは明日決めなさい」
ロッテは嫌そうな顔をしながらその場に留まる。
⸻⸻
夜。二階の部屋で夕餉を囲む六人。
しかし伽耶の顔は浮かない。
「伽耶さん、どうしました?ここは部屋なので、病人のふりは要りませんよ」
六が声をかける。
「いや、そうじゃなくて……」
伽耶は膝に手を置いたまま視線を落とす。
「結局ロッテちゃんが来てくれたのって、六さんの策とコマさんの名前でしょ?私……無力すぎて。恥かいただけで終わった気がする」
「あはは。伽耶さんは本当に不思議な力を持ってますね」
コマが笑う。
「どこが!?どこに力があるのさ!」
伽耶が思わず声を荒げると、ハクがさらりと言った。
「伽耶は、本音で話したのに、結局殺されかけた。それで落ち込んでるんだろ」
「だからー!それをはっきり言う!?私ってなんなの!?」
伽耶が声を荒げると、皆がくすくす笑った。
「……むかつく!」
伽耶は席を立ち、外へ飛び出した。
石垣に腰を下ろし、夜空を仰ぐ。
「友達とか仲間とか……少年漫画みたいなこと言って、マジ後悔……」
思い出しただけでまた顔が赤くなり、膝に額を乗せ、顔を伏せる。
しばらくすると足音が聞こえ、伽耶が顔を上げる。
すると隣に六が腰を下ろした。
「うわぁ! びっくりした!」
伽耶が驚くと、六もその声に驚く。
「伽耶さん。気持ちはわかります。でも今日のことは、あなたがいなければ失敗でしたよ」
「いや、結局六さんに助けられたじゃん」
「それは大きな間違いです。伽耶さんの言葉があったからこそ、私の言葉が届いたのです」
六は微笑んで続けた。
「さて、ここからが最も大事な話ですよ」
「え?」
伽耶は少し驚いて背筋を伸ばす。
「――私たちと友になって頂けますか?」
「へ?」
「伽耶さんは友になりたいと言いましたね。ならば改めて、私たちと友になって頂けませんか?きっと皆、同じ気持ちですよ」
伽耶の胸に、熱いものが広がる。
それは失ったと思っていた「友」という存在。
「……」
「答えは急かしません。ただ知っておいてください。伽耶さんのあの言葉は、束の間、私たちを一つにした気がします。少なくとも、私は……嬉しかった」
六はそう言い残し、静かに部屋へ戻っていった。
⸻
「友達……」
伽耶はポケットからスマホを取り出す。
画面には、家族とのメッセージや笑顔の写真が並んでいた。
思い出すのは、温かな日々。充電はすでに50%ほど。
伽耶は家族の写真を眺める。
「必ず……必ず帰るからね」
小さな声で画面に囁く。
「でも……もう少しだけ待ってて。私にはやらなきゃいけないことがあるから」
伽耶の言葉に、もう弱々しさはなかった。
家族の顔を胸に焼き付け、伽耶はスマホの電源を落とす。
暗くなった画面に映ったのは、月明かりに照らされた自分の顔。
揺るがぬ決意を宿した瞳が、暗闇にしっかりと映っていた。
スマホをポケットにしまい、伽耶は立ち上がった。
宿の中からは、コマやおもとたちの賑やかな声が聞こえてくる。
伽耶はその声への方へと歩き出す。
背中には、確かな覚悟が宿っていた。
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