15 何もできない②

 一緒に夕飯を食べた後、お風呂に入っている小柳。

 そのままソファに座った俺はあざのことばっかり考えていた。「私のために何もしないで」、それは一体どういう意味だろう。普通あんなことが起こったらとすぐ通報すると思うけど、小柳は何もしないでってそう言った。


 ってことはずっと自分のお母さんに殴られてもいいってことか? 俺には理解できないことだった。

 でも、約束はちゃんと守るって言ったから……何もできない。


「ありがとう、風呂貸してくれて」

「あっ、いいよぉ———!!!!!! あああ! なんでズボン履いてないんだよ! 小柳」

「だって……、サイズが合わないから……。ほら、履いても床に落ちちゃう……」

「あっ、ごめん。確かにそうだね」


 てか、Tシャツもサイズが合わなくて肩がずれ落ちている。

 ちらっと見えてくるブラの肩紐に罪悪感を感じる俺だった。

 もっと小さいサイズをあげたかったけど、うちにはあんなサイズしかないから……ごめん。小柳。


「シャツだけじゃ不便だよな? なんか———」

「私はこれで大丈夫、五十嵐くんは私に変なことしないから。そうだよね?」

「あ、当たり前だろ? 俺が小柳に手を出すわけないじゃない」

「ふふっ。ねえ、隣に座ってもいい?」

「うん」


 ここにいると少なくとも今日はお母さんに殴られないからそれはいいと思うけど、明日は? 明日はどうなるんだろう。ちらっと小柳の足を見ていた俺はこの状況をどうすればいいのか分からなかった。見るたびに胸が痛くなって、何もできない自分がアホみたいでつらすぎる。


 一生そのまま生きていくつもりか?


「私、友達の家に泊まるの初めてだからすごくドキドキする……! みんな、普通にこんなことやってるよね?」

「た、多分……そうだと思う。やったことはないけど」

「ふふっ、ここに来ると落ち着く。五十嵐くんもいるし」

「いつでもいいよ、うちに来たいならいつでも……。てか、どうして今日は連絡をしなかったんだ? 連絡をしたらすぐ帰ってきたはずなのに」


 すると、隣で自分の指をいじっている小柳が何も言わずじっとしていた。


「小柳〜。俺の話無視しないで〜」

「でも、五十嵐くんには好きな人がいるから……。今日も実は少し話をした後、すぐ帰るつもりだったの」

「はあ? 好きな人いないけど? それにあの家に戻るなんて……」

「えっ? 好きな人いないの?」

「そう、いないよ?」

「そうなの?」

「うん」

「そうなんだ……」


 何? なんでいきなりニヤニヤしてるんだろう。

 女の子……、難しい。何を考えているのか全然分からない。

 でも、少し明るくなったような気がする。ご飯のおかげかな? お弁当をいっぱい食べた後、デザートも食べたからさ。やっぱりテンションが下がった時はお腹いっぱい食べると元気になるよな。


 可愛い……。

 そしてそろそろ寝る時間だ。


「そうだ、小柳は今日俺のベッドで寝てくれ。俺は居間で寝るから」

「あ、あのね! 五十嵐くん!」

「うん? どうした?」


 部屋に行こうとした時、隣にいる小柳が俺の袖を掴んだ。

 もうちょっと話がしたいってことかな? そのまま小柳と目を合わせた。

 やっぱり、すごく綺麗だな。小柳の目は……。


「こういうの……、言ったことないからね。言ってもいいのかよく分からないけど、一緒に寝たいよ、五十嵐くんと」

「えっ?」


 一緒に寝たいってことは同じベッドで寝たいってことかな……?

 つまり……、なんだ?

 一瞬、頭の中が真っ白になってぼーっとしていた。一緒に……、どこへ? うん?


「い、一緒に……?」


 こくりと頷く小柳、とりあえず聞き間違いではないってことは分かった。

 それで? どうすればいいんだ? 頭の中にはてなマークばっかり入っているような気がする。


 女の子と同じ空間で、しかも同じベッド!?

 固唾を飲んだ。


「じゃあ、俺は床で寝るから小柳はベッドで寝てくれ……。一緒に寝るのはさすがにあれだからさ」

「うん……。分かった」

「そして軽々しくそんなこと言うんじゃないよ。小柳……、女の子だろ?」

「五十嵐くんならいいと思っただけ。他の人にはこんなこと言わないよ。それにこんなことを言える人もいないし」

「……そ、そっか」

「うん……」

「もし寝る時に急に寂しくなったら、いつでも声をかけてくれ。寝てるなら起こしてもいいよ」

「いいの?」

「うん……」


 俺と一緒にいる時は出来る限り寂しさを感じないようにしたいけど、そのやり方を俺はよく分からなかった。どうすれば寂しくならないのか、どうすれば笑ってくれるのか。もし俺たちが大人だったらこんなことで悩んだりしないのにな。


 そのまま部屋に入った。


「ねえ。どうして……、私に優しくしてくれるの?」

「いきなり?」


 寝床を作っていた時、部屋に入ってきた小柳がしゃがんで俺と目を合わせる。

 理由は簡単だ。小柳が俺の天使様だから。

 そして気になるから。でも、気になる理由を上手く言えないな。多分……俺と似ているから。そう、そっちの方が正しいかもしれない。


 とはいえ、鬱になりそうだからそういう言葉は控えた方が良さそうだ。


「小柳は俺の天使様だからさ」

「天使様って恥ずかしいんだけど」

「じゃあ、女神はどうだ?」

「そっちの方がもっと恥ずかしいよ……。それに私女神って言われるほど可愛い人じゃないし」

「はあ?」


 可愛くないって言葉にすぐ振り向いてしまった。

 そのままポケットの中からスマホを取り出して、すぐカメラアプリを開いた。

 バカみたいだけど、さっきの言葉はちゃんと否定しておかないと。


「見てくれ、この小さくて可愛い顔を。可愛すぎだろ!?」

「そ、そうなの? よく分からない……」

「まあ。でも、俺には可愛く見えるから……そんなこと言うな。バカなことをした、ごめん」

「ううん、嬉しい! 五十嵐くんに可愛いって言われるの嬉しい」

「ならよかった。そろそろ寝ようか?」

「うん!」


 いつの間にか〇時30分になって、早く寝ないと明日遅刻するかもしれない。

 てか、誰かと同じ空間で寝るのは久しぶりだから眠れないような気がする。

 そして相手が小柳だからか、余計に気になる。


「電気、消すから」

「あのね、五十嵐くん」

「うん?」

「眠れそうになったらすぐベッドに……行くから、その前まで五十嵐くんのそばにいてもいい?」

「ああ、うん。いいよ、構わない!」


 そのまま電気を消した。

 一応構わないって言い切ったけど、薄暗い部屋の中で女の子と二人きりになるのはさすがに恥ずかしいな。

 しかも、すぐそばにいる。で、小柳と……これから何を話せばいいんだ!?


「枕、あげるから」

「五十嵐くんは?」

「俺は大丈夫。平気」

「そうなの?」

「そうだよ〜」

「ごめんね、いきなり邪魔をして」

「そんなことないよ、いつ来てもいいって言っただろ? そして来る前に……連絡くらいしてくれ。周りに街灯がないから意外と危ないよ、あの時間は」

「うん……」


 俺はずっと天井を見ているけど、小柳はずっと俺の方を見ているような気がする。

 よく分からないけど、その視線が感じられた。


「ねえ、どうして天井見てるの? 私を見てくれない?」

「わ、分かった」


 そして目が合った時、近すぎる俺たちの距離感にすぐ体を起こしてしまった。

 いやいやいや、やばいやばいやばい。近すぎる。マジで……。


「五十嵐くんといると落ち着く、不思議。なぜだろう……」

「えっ? そうか。よかったね」


 俺はいろんな意味で落ち着かない。


「でも、私なんかとこんなことをしてもいいの?」

「どういう意味?」

「こういうの普通……好きな人とすることだと思うけど」

「…………」


 確かに、こういうのは恋人同士でやることだと思う。

 でも、そんなこと今はどうでもいい。本当にどうでもいいことだった。


「気になるから、小柳のこと。だから、そんなこと気にしないで」

「そうなんだ……」

「そうだよ」

「五十嵐くんは強いね。ふふっ」

「普通だと思うけど……」

「ねえ、私五十嵐くんにお願いしたいことがあるけど……。聞いてくれる?」


 体を起こした小柳がじっと俺を見ていた。お願いしたいことってなんだろう。

 気になる。


「ぎゅっとしてくれない?」

「えっ?」

「ぎゅっと……してくれない? 一回だけでいいから」

「あ、ああ。うん! いいよ」


 そのまま軽く小柳の体を抱きしめてあげたけど、小柳は足りなかったみたいだ。

 さりげなく俺の膝に座って、ぎゅっと両腕に力を入れる。

 こういう時、どうすればいいのか。選択肢は一つ、俺もぎゅっと小柳を抱きしめてあげた。多分、寂しいから……だと思う。先輩に言われた通り、こういう時はぎゅっと抱きしめてあげるのが正解だった。


「ありがとう……、五十嵐くん」

「俺もだよ、ありがとう。小柳」


 ドキドキする小柳の鼓動が伝わる。

 ハグとかやったことないから分からなかったけど、これってすごく気持ちいいことだったんだ。小柳の小さい体を抱きしめただけなのに、すごく気持ちよくてこの世のすべてを手に入れたような気がした。大袈裟だけどな。


 そして俺もすごくドキドキしていて恥ずかしかった。


「あっ、そろそろ寝ないと……!」

「そうだね」

「お、おやすみ! 五十嵐くん」

「おやすみ、小柳」


 今夜は……、眠れないかもしれないな。

 なんとなくそんな気がした。

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