第3話 素直な気持ち
昼間は賑やかな王都と言えど、夜は静まり返っている。
俺は人とすれ違わない様に気を付けながら、路地裏へと足を運んだ。
するとそこには目当てのモノ。
布にぶちこまれて捨てられた残飯だ。
初めは見るのも嫌だったが、今の俺にはもはやご馳走。
「腹を下すことがないからな」
状態異常耐性のスキルは日々、成長し続けている。
少しくらい腐ったものを口にしても、身体になんの異変も起こさない。
なので、王都で捨てられた残飯は俺のご馳走だ。
見た目は悪いが、スキルを成長させながら腹を満たせるのでいいことしかない。
食いかけのパンを齧り、肉と野菜がごっちゃになっているモノを食べる。
パンはまだ柔らかく、肉と野菜はしっかりと味が付いている。
舌は少し痺れたが、身体に入ればスキルですぐに違和感はなくなる。
孤児院で出されるパンやスープよりも、美味いし栄養も満点だ。
「ふぃー。訓練後の飯はたまらんな」
ここで食事をしているおかげで、子どもたちにパンを分けられる。
初めはノエルが心配していたが。
『なんでその食事で筋肉付くのよ? おかしくない?』
と、心配はとうに消え去り、もはや疑問になっている。
残飯を食い漁ってるなんて知られたら、何を言われるかわからんけど。
「今のところはうまくやれてるか?」
夜風に吹かれながら孤児院へと戻る道すがら、ふと笑いがこぼれた。
状態異常耐性は成長している。
剣の扱いもノエルとの訓練で上手くなっている。
それに、まだ時間はある。
今は下地をしっかりと作る期間だ。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
孤児院へ戻ると、玄関脇の部屋から声が聞こえて来た。
辺りは暗く、明かりが灯っているのはその部屋だけ。
子供たちはもちろん、いつもならシスターも寝ている時間のはずだが。
「ベリトさんよ、そろそろ楽になろうぜ?」
「いえ、ですが」
「オレ達に子供を売れ。そうすればあんたも裕福になれる」
耳にした瞬間、足が止まった。
複数の男の声と、シスターベリトの小さい声。
「わたしは、子供たちを助けるためにこの孤児院を建てたのです」
「助かってるか? ここにいるガキ共が。どいつもこいつもガリガリで、娯楽も将来の夢もねえ。オレからすりゃ、あんたに拾われて不幸になってるように見えるぜ」
「っ! そ、そんなことは!」
「大きな声を出すなよ。子供たちが起きたらどうすんだ? 落ち着けって」
俺は壁に身を寄せて聞き耳を立てる。
「あんたはもう十分に頑張った。その歳で孤児院を建てて、子供たちを助けようとして、志は立派だよ。だが、現実はそんな優しくなかった。ただそれだけじゃねえか」
「わたしはまだこの孤児院を」
「限界だって、あんたもわかってるだろ?」
男の問いかけに、返事が聞こえてこない。
まさかこのタイミングでベリトのイベントが進んでいるとは思わなかった。
ゲームの中盤。
ノエルが人身売買組織と衝突するイベントがある。
調査を進め、何人もの手下を倒し、最後に出て来たボスが、シスターベリト。
ノエルが倒していたのは、いま衣食を共にしている子供たちだったのだ。
ベリトは子供たちを組織に売り続け、いつの間にかそのボスになっていた。
笑顔で祈りを捧げていたシスターが、裏では子供を売り飛ばしていた。
それどころか、時には戦闘狂に育て、時には貴族たちに売り飛ばし。
最後には『あなたなら、最高値で売れたのに』と笑顔で炎に包まれ死んでいく。
胸糞の悪いイベントだ。
「国から出る資金も減らされてんだろ? 潰れる前にこっち側にこいよ。ベリトまで潰れる必要はねえ。ここまで頑張って来たんだから。少しぐらい甘い汁をすすっても罰は当たらねえよ」
「ですが、わたしは……」
扉の向こうでは会話が続いている。
このイベントは潰さなければいけない。
ベリトは、少なくとも今は悪人じゃない。
善意で孤児院を立ち上げた心優しい人なんだ。
俺が助けたいのは主人公であるノエルだけじゃない。
自分たちの食事を減らして子供たちに与えているベリトやシスター達。
彼らも助けたい。
それが俺の目指す『Everyone Smiles』だ。
だが、今の俺に何が出来る?
この話に乱入して、男たちにボコボコにされて、ベリトに謝られて。
それで誰が笑顔になる?
「っち。そうか。わかった、わかったよ。今日は帰る。また5日後に来るからよ」
男たちが吐き捨てるように言い残し、玄関の扉を開けて出て行った。
部屋の中に残ったのはベリトひとり。
椅子に座り、両手で顔を覆っていた。
「どうしてこんな話ばかり。こんなことのために頑張って来たわけじゃないのに……」
かすれた独り言が、壁越しの俺の耳にも届く。
俺は扉に手をかけそうになり、ぎりぎりで思いとどまった。
孤児院の子供たちを売らせやしない。
ベリトを人身売買組織に堕とすわけにはいかない。
ゲームのようには絶対にさせない。
俺はここにいる。
未来を知っている俺なら、どうにかできるはずだ。
「絶対に、守ってみせる」
小さく呟いて拳を握りしめた。
モブの俺に何ができるかなんてわからない。
だが、この孤児院の子どもたちと、シスターと。
そしてノエルの未来を俺が変えてみせる。
部屋の中から聞こえてくる、すすり泣く声を聴きながら。
改めて、そう心に誓った。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
昼食後のノエルとの訓練。
彼女の攻撃は相変わらず鋭い。
踏み込みも速いし、振り下ろす角度も完璧だ。
しかし、今の俺は前とは違う。
「ノア、なんか前より受け方が上手くなったんじゃない?」
「毎日こんだけ容赦なく攻撃されてたら上手くもなるぜ!」
「頼もしくなったわね!」
必死に受け止めていた頃よりも腕の痺れは少ない。
力に押されて後ろに下がる回数も減った。
レベルが上がっているのか、スキルが上がっているのかわからない。
だが、間違いなくノエルとの訓練で強くなっている。
「そろそろ攻撃してきたら? ずっと防御ばっかりじゃつまらないでしょ!」
「できたらしてる!」
「あら残念。なら攻撃してみる? ――なんて!」
ノエルが大きく振りかぶる。と見せかけて、足を滑らせて左へ回り込む。
前に見たフェイントだ。
「っ!」
見事に釣られた俺は体勢を崩し、しかし脇腹に力を込める。
鋭い痛みが走った。横腹を叩かれる衝撃に息が詰まる。
だが、今度は倒れない。
「まだだ!」
痛みに耐え、木刀を振り返す。
全力でノエルの肩口を狙った。
「っ! 驚いた! 本当に変わったわね、あなた!」
言いながら、ノエルは俺の攻撃を容易く受け止める。
悪足掻きだとがむしゃらに木刀を振り回す。
「おらおらおらおら!」
「攻撃側に回ると全然ダメね」
簡単に木刀を弾かれ、鳩尾に鈍い衝撃。
突き立てられた剣先に、膝を付く。
「ぐっ。ぬっ……」
「あっ。ご、ごめんなさい! つい」
「ふん!」
痛みを堪えながら立ち上がる。
攻撃を受けるスキルも上がっているが、防御も間違いなく上がっている。
ノエルの本気じゃない攻撃だったら数度は耐えられるほどに。
「ま、まだまだいけるぞ! ふんー!」
木刀を構え直すを俺見て、ノエルは一瞬だけ大きく目を見開く。
「そんな目を充血させて睨まないでよ。怖いから」
「ん? そうなってるか?」
「痛みを堪えるのに必死なんでしょうけど、無理しない方がいいわよ」
「無理なんてしてないが」
「無理しないでそんな顔になるんだったら、それはそれで怖いわよ」
言いながら、ノエルは近くの丸太に腰を掛けた。
痛みを堪えるために歯を食いしばったが、そんなに険しい表情になっていたか。
「最近どうしたの? 凄いやる気じゃない」
「最近? 俺は前からやる気あるが?」
「冗談言わないで。前まで私の付き合いで嫌々やってただけじゃない」
「それは、そう、だったか」
そこまで詳しい描写がなかったから知らないが。
ノアは真面目に訓練はしていなかったらしい。
モブらしいっちゃモブらしいか。
「とぼけちゃって。理由、教えてくれないの?」
問いに、言葉が詰まる。
この先に待つ悲惨な未来を変えるため、と言っても信じてもらえない。
ノエルは不安そうに首を傾げ、けれど責めるでもなく待ってくれている。
その視線が心配から来るものだと感じられるからこそ、言い訳が思いつかない。
ならば。
「理由の前に、ノエルに相談があるんだ。聞いてくれるか?」
「なによ、いきなり真剣な顔しちゃって」
「割と深刻な問題だからな」
「……わかった。ちゃんと聞く」
雰囲気を察して、ノエルが慎重に頷いた。
「この前、ベリトさんが泣いてるのを見た」
「えっ?」
「国からの支援金が減ってて、子供たちを満足に育ててあげられてないって。一人で泣いてたんだ」
「そんなことがあったの……」
「だから、強くなって、騎士団入ったら活躍して、絶対にお金をここに入れようって思ったんだ。ベリトさんも、子供たちも、笑顔になれるように」
全てを伝えられるわけじゃない。
ノエルに人身売買組織の事を伝えたら、ひとりで乗り込んでいく可能性がある。
ベリトには、逆に心配されるかも知れない。
だから全てではない、けれど本当のことを伝える。
「そっか。そうだったんだ。ベリトさんが……」
ノエルはゆっくりと頷き、そして柔らかい笑みを浮かべた。
「私、あなたを勘違いしてたかも知れない。ノアって、優しいんだね」
「そんなことない。ベリトさんにはお世話になってるから」
「そうね。でも、それでも、よ」
嬉しそうに言うノエル。
「ノエルがいるから頑張れるんだ」
「えっ?」
「ノエルの笑顔を見たい。幸せにしたい。だから気合を入れ直したんだよ、俺は」
「……っ!」
ノエルの頬が赤く染まる。
目を逸らし、指をもじもじと動かしている。
「本当に、どうしちゃったの? ノア」
「言っただろ? 気合を入れ直したって。みんなの笑顔のためにな」
「そ、そう。なら、いいけど……」
耳まで赤くなっているのが分かる。
その反応が可笑しくて、思わず俺は苦笑いを浮かべた。
暫くして、ノエルが落ち着いたのを見計らって俺は提案する。
「なあノエル。ベリトさんに俺達がしようとしてること、伝えないか?」
「騎士団に入ったらお金を孤児院に入れるってこと?」
「ああ」
「でも、それはベリトさんが遠慮して断るだろうから、こっそりお金を置いておこうってことになったはずよ?」
「俺もそれでいいと思ってたんだけど、ベリトさんが泣いてるのみたらさ……。いまのベリトさんの負担を少しでも軽くしてあげたいんだ」
今の俺に出来るのはこれぐらいだ。
まだ実力的にどうにかすることはできない。
でも、精神的に支えることならできる。かも知れない。
「せめて気持ちだけでも伝えておきたいなって」
「いいわよ」
「だよな、内緒にしたいよな。でもさ、少しでも不安を軽く……。って、ノエル?」
「なによ。まさか反対されるとでも思ってた?」
「あ、ああ。てっきり、隠れて送った方がカッコいいからって。反対するかと」
「それは少しあるけど……。けど、いまベリトさんが泣いてるんでしょ?」
そう言って、ノエルはにっと笑う。
「だったらいま助けないとでしょ?」
「あ、ああ」
真っ直ぐな笑顔を向けられて、思わず胸がドキッとしてしまう。
「そんなことより。急に頼りがいがある男になったじゃない! ノア!」
「いてっ! 背中叩くなよ!」
「なにか悪いもの食べたわけじゃないでしょうね! 吐き出したら元のノアに戻るとかやめなさいよ!」
「そ、そんなんじゃねえから! これが気合いを入れ直した俺だから安心しろよ!」
悪いものは食べまくってるけどな。
「ならいいけど。早速ベリトさんに伝えに行きましょう!」
「今からか?」
問いに返す間もなく、ノエルは俺の手をぎゅっと握る。
次の瞬間、勢いよく駆け出した。
「ちょ、ノエル! まだなに言うか決めてないんだけど!」
「そんなの勢いで気持ちを伝えればいいだけでしょ!」
「相手はベリトさんだぞ! 少しでも納得してもらえるように作戦を」
「回りくどいのは嫌いなの! 感謝の気持ちを伝える! それだけよ!」
振り返って笑うノエルの横顔は、太陽みたいに眩しい。
その笑顔に引っ張られるように、俺も足を速めるしかなかった。
その元気な彼女を見て、ふと思う。
変わったのはもしかしたら、ノアだけじゃないのかも知れないと。
胸の奥でそう思いながら、ノエルの手の温もりを感じつつ、一緒に孤児院の廊下を駆け抜けた。
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