どうしてそこまで

 その『好き』は、どういう意味だ。


 混乱する俺の前で、白瀬さんは二つのスマホを操作していた。


「はい。インスタのサブ垢と、LINE。秘密だからね」

「……どうしてそこまで」


 聞くと、白瀬さんは俺にスマホを押し付けた。


「お友達には教えてるんだけど、変?」


 おともだち……オトモダチ?


「俺が?」

「うん。――っていうか、『どうしてそこまで』はこっちのセリフ!」

「それはだから、白瀬さん風に言えば好きだから。役に立ちたいと思うのは当たり前でしょ」


 なんか、すごい恥ずかしいことを言っている気がする。


「……ちょっと、嘘」


 白瀬さんは俺の顔をずっと、じーっと見ている。たぶんそれは癖だ。

 表情の動きで、相手の考えていることや感情を読み取る癖がついているんだ。


「嘘じゃない。でもただ、チビたちに会ってみたいっていうのはあった」

「小さい子、好きなんだね」

「不安な言い回しだけど、まぁそうだよ。世話を焼くのが好きなのかな」

「会ってみてどうだった?」


 どうだった、か。


「その、楽しかったよ。普段一人だから、にぎやかで」

「一人?」

「一人暮らしなんだ。親は……今は遠くに住んでる」


 まぁ学校でも……とは、わざわざ言わなくていいよな。


「……うらやまし」


 俺は驚いて、思わず息をもらした。

 それに気づいた白瀬さんはハッとして、弁明するように両手を振る。


「深い意味はなくて! チビたちは大事だし一人がいいとかじゃなくて……えと」

「分かってるよ」

「ん、そっか」

 

 なんだか、今日の白瀬さんは小さく見える。


「ね、チビたちのこと、もっと聞かせて」

 

 それに俺が思うよりもきっと、追い詰められているんだ。


「冬樹くんは大人で、賢くて、負けず嫌い。でも美味しいものとか好きなものに対しては表情が緩む。秋穂ちゃんは明るくて人懐っこくて、背伸びしようとするのが可愛い。好奇心と感受性が豊か。夏凪ちゃんは……うん……これからって感じ」

「んふふ」


 やばい、語り過ぎた。やり過ぎた。キモいにもほどがある。


「ごめん、他人様の弟妹にこんな……」


「『これから』」


 ……あ。


「あのね、冬樹も秋穂も『次いつ来るの?』って言うんだよ。夏凪は~……まだまだこれからって感じかも?」


 白瀬さんはからかうように言った。

 ――俺は弱い。白瀬さんに迷惑をかけたくないのに。


「あたしね、モテるんだ」

「脈絡どこにやったんだよ」


 さすがに急に自慢されるとは思わなかった。

 しかし、学園内の男子生徒の半分は白瀬さんに恋をしているはずだからな。


「告白とかね、たまにされるんだけど。あ、小街くんはされたことある?」

「ないけど。……さっきのを入れていいなら、一回」

「じゃあゼロだね」

「いじめられている」


 どうして俺はおもちゃにされているんだ。こんな人生ではなかったはずだ。


「そいでね、みんな、あたしを好きって言ってくれるの」

「そりゃ告白だからね」

「でもウチにはチビたちがいてお世話をしてるって言うと、『あっ』って顔するの」


 ……そりゃ、目的は白瀬春乃だからな。


「でもお仕事とか部活があるから遊べないって言うと、『それでもいい』って言ってくれるの」


 白瀬さんと付き合っているという事実だけあれば、立場ヒエラルキーは保証されるもんな。


「ほんとかな? って思っちゃうんだよね。その時点で失礼だし不誠実だから、ごめんなさいするんだけど。チビたちいるのにうつつ抜かしてらんないし」


 こんなことを考えるのは失礼だし、不誠実だ。――でも。

 どうせそんな相手とは上手くいかない、と思ってしまう。


「でもね、小街くんには、ほんとかな? って思わなかったの」

「というと?」

「んー、すっごく自信過剰に言ってもいい?」

「いまさらでは?」


 また頬を膨らまさせてしまった。

 白瀬さんは一つ咳払いして。


「本気で心配してくれてるんだな、って思ったの。声かけてくれた時、怪我の心配してくれた時、お話聞いてくれた時。あたしの顔とか立場とかじゃなくて、〝あたし〟が好きなんだなぁって思った」

「うん……」

「うん、なの?」

「――ッうんじゃないが⁉」


 全く自意識過剰にもほどがあるなぁッ! そんな身のほど知らずじゃない。

 蟻は蝶に恋をしないんだ。


「それと、チビたちのことも大切に思ってくれる」

「それは大きく頷いておこう。うん!」

「……もやってするな。べつにいいけど。んで、えっと……つまり……」


 話をまとめようとする白瀬さんの前で、俺は何かが引っかかって熟考していた。


 告白を断るのは『チビたちを邪魔に思われるから』『ほんとかな? と思うから』

 ……それが、俺にはないって話だよな。


「――ん˝⁉」

「なぁに?」

「……な、なんでもない。つまりなんだって?」

「言って」


 ……頑固だ。


「チビたちを大切に思ってくれて、ほんとかな? って思わない人……に、告白されたら?」

「んー……チビたちが懐くなら、いいよって言うかもね。それとあたしが、好きだなぁって思える人なら」


 さっきのを思い出すな! あれは違う! 友達としてって話だろ。


 ――あ、だめだ。白瀬さんは、顔を見れば分かるんだった。


「試してみる?」

「試さない! で、つまり?」


 じ~~~~っと俺の顔を眺めて、一息つき、白瀬さんは。


「お願いがあるの」


 ……まぁ、あれだ。白瀬さんから頼まれるなら仕方ない。

 お手伝いさんは雇いたくないということなら、しょうがないよな。

 俺が代わりになっても。

 

 登校前と下校後に通うことくらいならできるだろう。

 みんなの好きな料理とか、好きなものとか、もっと知れたら――



「たまにでいいから、遊びに来てほしいな」


「……え?」


 たまに?


「だ、だめかな? 小街くんに会えたらチビたち、喜ぶと思ったんだけど」

「普段はどうするんだよ。今でもう限界なんでしょ。モデルもラジオも、勉強も部活もやめられないなら――」


 白瀬さんは、大きく深呼吸してから。


「部活ね、やめるの。昨日その話をしてた」

「……だめだよ」


 いつか言っていた。テニス部は運動になるし、個人戦だから部員に迷惑かけにくいし、芸能活動のネタにもなると。

 それに、何より。


「好きなんでしょ? 小さい頃から、ずっと続けてることなのに」

「あはは! あたしのこと知り過ぎ。ほんっと、大好きだね?」

「そうだよ。俺だけじゃない。応援してる人が一体どれだけいると」


「だって。勉強はしなきゃ留年だし、モデルやめたら本末転倒だし、ラジオも……誰かさんに元気、あげなきゃ。でもテニスはあたしがやりたいだけのことだから」


 そうやって自分を削ると、いつか自分がなくなっちゃうんだ。


「部活をやめたって、変わらないよ。部活の負担が家事に代わるだけだ」

 

「じゃあ……どうすればいいの~~っ!」


 そんなに叫んだら人が……もういい。


「俺が……」


 顔を伏せる白瀬さんに、俺はまだ怖気づいている。


「小街くんに迷惑かけたくない! 何にもお返しできないのに!」

 

 俺なんかが、どこまで彼女の領域に入り込むんだ、と。

 もし大切なものを壊してしまったら、と。


 俺に任せてなんて言って、もし、また――



「俺を雇ってくれ」



「……ほ?」

「知らない大人が怖いなら、チビたちを任せられないなら、俺がお手伝いさんになる。金ならあるんだろ?」


 人が見ている。永嶺の生徒もいるかもしれない。


「つーか迷惑かけたくないなんてどの口で言ってんだよ、誰のせいだマジで⁉」

「だって、あの時はほんと限界で……藁にも縋る思いで」

「誰が藁だ!」

「たとえでしょ!」


 やめろ、止まれ、いい加減にしろ。

 


「俺はもう、白瀬家に惚れている。やれることは全部やるってのは本気だよ」


 白瀬さんは、俺の顔を見る。いくらでも見ればいい。本心しか見えないだろ。


「……ちょっと」


 白瀬さんは俺の襟を乱暴に掴み、引く。人通りのない方に。


「じゃあ、頼っちゃおうかな」


 そうして、身体を寄せた。


「あ、待って。やっぱ今のセリフなし。テイク2」


 背中にまわしていた手を離して、俺の頬を包むように置いた。



「じゃあ……責任、取ってもらおうかな」

「……うん。――任せて」


 その言葉は不穏ではあるものの。

 こうして俺は――白瀬さんちのお手伝いさんになった。

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