第11話


「……好き」


 授業中。

 彼の方を見ながら声にならない声で呟いた。


 カラオケが、ではない。

 もちろん新君が、である。


 でも、はっきりとそんなことを言う度胸は私にはない。


 今の関係が壊れたら。

 そんなことを想像するだけで頭がおかしくなりそうな自分がいる。


 こんな気持ちは初めて。 

 今まで他人と距離を取って生きてきたし、みんな私みたいな暗い女に構うこともなかった。


 たまに寄ってくる男の子はみんな卑しい顔で笑っていて。

 それがたまらなく嫌で、でも面と向かって拒否する勇気もなくて。


 無視していたら向こうから諦めてくれることを知って、それからはずっと無視するようにしていて。


 そんな私はきっと、誰かを好きになるなんてことはないのだろうと思っていたけど。


 こんなに好きになるなんて。

 自分でもまだ、夢見心地だけど。

 この気持ちは夢でも幻でもない。


 一目惚れ、とも違うけど。

 新君だけは、私を見る目が違った。


 いやらしい目でも、憐れんだ目でもなくて。

 困っていた私を心底心配してくれる、そんな目だった。


 それにときめいて。

 彼を見ているうちにもっとときめいて。

 知り合ってこのときめきが恋と自覚した。


 何かの本で「恋は見るものじゃなくてするもの」って書いてたけど。

 私はやっぱり見てるだけでいいかなって、そんな諦めすらあったけど。


 やっぱり恋はするもの、なのかな。

 こんなに温かくて、気持ちよくて。


 でも。


 同時にすごく怖い。


 新君にふられたら。

 この恋に破れたら。

 誰かに敗れたら。


 私……死ぬかもしれない。

 それに、もし私から新君を奪っていく子がいたらその子を……。


 殺したくなる。

 そんな物騒で危険な感情を自覚すると、やっぱり恋は苦しい。


 たからといって、この気持ちを止めることはできない。

 絶対、彼に好きになってもらう。

 絶対、彼氏が他の人を好きにならないようにする。


 そのためにはまず……そうだ、連絡先だった。


 ほんと、連絡先すら知らないなんて。

 まだ、彼のことを何も知らない。


 趣味も、これまでも、これからどうしたいかすら。

 教えてほしい。


 もっと。


「……ねえ、教えて」



「ん? ああ、ここの問題? それはね」


 授業中、唐突に柊に質問されて戸惑いながらも、俺は先生の目を気にしながら柊に答えた。


 さっきからずっと何かブツブツ言いながら難しい顔をしていたので心配していたが、どうやら問題の答えに悩んでいたようだ。


 今は俺の得意な日本史ってのも幸いだ。

 彼女の机の上にあるプリントを見て、空白になった回答欄を見つけて答えを教えてあげると、目を丸くしながらこっちを見た。


「得意なの?」

「まあ、他の教科と比べたらだけど」

「そっか。うん、ありがと」


 問題が解けたおかげか、少しホッとした様子の柊はしかし、また一人で考え込んでいた。


 次の問題もわからないのだろうか、ジッと固まっている。

 ただ、聞かれてもいないのにおせっかいはよくないかと思い俺は前を向いた。


 そのあと、授業中に柊が話しかけてくることはなかった。


 

 

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