第2話
柊と初めて接点を持ったのは確か、入学式の日だった。
前日、春休み最終日とあって大忙しだったこともあって疲れていた俺はいつもより遅めに目が覚めた。
父も母も疲れていたのかぐっすりで、慌てて準備をして先に家を飛び出した俺はなんとか新入生の集合時間には間に合ったのだけど。
自身のクラスを確認しようと廊下の掲示板を見にいくと、そこには小柄な女子が一人ポツンと立っていた。
「……ない」
寂しそうに呟いた彼女は、明らかに焦っていた。
思わず俺は声をかけた。
「どうしたの?」
「あ……ええと、私の名前が、ないの」
「名前が? あの、名前聞いてもいい?」
「ええと、柊、雪愛です」
聞いてすぐに俺は柊さんという名前を探した。
俺の名前は見つかったが、どのクラスにも柊なんて苗字は見当たらない。
俺は咄嗟に「すぐ先生に聞いてくるから」と。
彼女を置いてそのまま職員室まで走った。
もちろん、職員室の場所なんか知ってるはずもなかったが、夢中で二階に駆け上がると偶然先生が通りかかってくれて。
事情を説明するとすぐに対応してくれることになった。
ほどなくして。
確かに柊雪愛という入学生はいるが、名前が記載漏れしていたという事実がわかる。
その後の対応はまあ、早かった。
後に俺たちの担任になる先生が柊のところに行って事情を説明して謝って。
俺と一緒に教室へと案内してくれた。
そんな感じで、俺と柊は同じクラスに配属されることとなり、席も空いていた後ろの二つにそれぞれ座ることとなって。
ただ、あれからもう二週間は経ったが一言も学校で話したことはなかった。
たまに喋りにくる女子とは会話をしているが、それ以外は基本静かで、休み時間はずっと本を読んでいる。
せめて「その節はありがとう」くらい言ってこないかなって期待はしていたが、何度か彼女の方を見ても目が合うことすらなく。
別に感謝されたくてやったわけでもないんだからいいじゃないかと言い聞かせて今日に至ったわけ、なんだけど。
「……就職、ねえ」
夜。
今日撮影した柊の写真を部屋で見ながら呟いた。
もちろん、こんなものを勝手に持っているのはいいことではないので削除しようと思って開いたのだけど。
消すのが惜しいと思っている自分がいる。
それにあの時の言葉がひっかかり、何度も削除ボタンに指を伸ばしながらも手を止めて。
そんなことをしながら彼女との今日の会話を思い出す。
就職したい。
シフトはいつでも入れます。
なんならずっといけます。
必死にそんなことを言っていた。
戸惑う俺を見かねてすぐに母さんが飛んできて。
俺を押し退けて「もちろんいいわよ。明日から来てくれる?」と。
そのあと母さんと二人でしばらく何か話し込んでいて。
戻ってきた母さんが嬉しそうに「いい子が見つかってよかったわねー」と。
とりあえずバイトは見つかった。
なんともまあ、急な話だ。
その後、パンケーキを持っていくと目をキラキラさせながら食べていて。
そんな様子を掃除の傍らに見ていると。
多分あれは俺に言ったのだろう。
「写真、消さなくて大丈夫だから」
か細い声だったし、パンケーキを見ながらだったけど。
この写真のことだよな?
普通、大して仲良くもないクラスメイトに自分の写真を持たれるのはいい気分がしないと思うんだけど。
一体どういうつもりなのか。
単に気を遣って言っただけなのか。
ていうか、明日から柊がうちでバイトするのか。
俺がクラスメイトだって、気づいてたのかな?
それとも明日学校で会ったら気づくのか。
何にしても明日が少し不安だ。
◇
「おす、新」
「ああ、おはよう田宮」
朝、教室に行くと田宮がいつものように俺のところにやってきた。
田宮総一。
強豪ではないとはいえ、サッカー部で一年生からレギュラーを期待されるスポーツマン。
それでいてイケメンで、女子からも人気があるやつなんだけど、なぜか入学式で話して気が合って、そこから毎日話すようになった。
「なんだよ疲れた顔して。部活ないんだろ?」
「代わりに土日もずっと店の手伝いだからな」
「あー、そういやそっか。休みとかないのか?」
「明日が定休日。それだけが癒しだよ」
他愛もない話をしていると、女子が数人ゾロゾロと教室に入ってきた。
それを見てすかさず「なあ、あの中だと誰がタイプだよ」と。
ニヤけながら俺に聞く田宮のそれもいつものこと。
「ほんと女好きだな。いつも言ってるけど別にタイプとかないよ」
「ほーんとかたいよなー。まっ、確かに新が女子といちゃついてるところ想像つかんわ」
「それもそれで失礼だな」
と、互いに笑っていると。
女子の群れの後ろからコソコソと一人。
柊が教室に入ってきた。
「あっ」
「何だよお前、柊さん狙い?」
「え? い、いや、そうじゃないけど」
「だとしたらやめとけやめとけ。あの子、何聞いても知らん顔だしさ。男興味ないんだろ」
「そ、そうなのか?」
「まあ、一通りの女には声かけたからな」
得意そうにさりげなくクズなことを言って田宮は笑っていた。
やがて柊さんが近づいてくる。
そしていつものように隣の席に……ん?
「あ、あの」
俺を見ながら柊さんが少し震えた声で。
まさか声をかけられるなんて思っていなかった俺は、田宮なんかそっちのけで彼女を見た。
「は、はい?」
「き、今日から、その、よろしく」
「え? な、なんだ気づいてたんだ」
「も、もちろん。き、今日から、お、お世話になります」
「こ、こちらこそ」
「お、おばさんとはちゃんと話したから」
「うん、聞いたよ。毎日でもいいって。母さんも喜んでたよ」
「よ、よかった」
話に夢中になっていると、田宮が横から「おーい」と。
その声に肩をビクッとさせた柊は、慌てて席について前を向いてしまった。
「お、おい田宮」
「おいはこっちのセリフだ。どんなマジック使ったんだよ」
「何もしてないって。たまたまさ、うちの店のバイトに柊が募集にきて」
「あー、そういうこと? じゃあ、お前んとこで働いてんだ」
「まあ、今日からなんだけど。とにかく、変な勘繰りすんなよな」
釘を刺すと田宮は呆れたように笑って。
そのまま席へ戻っていった。
そのあとすぐに授業が始まったこともあって、柊と話すことはなく。
特に変わり映えのない一日が淡々と過ぎて行って、やがて放課後をむかえた。
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