第37話 天使の臓物
プロファイラー今泉が捜査に加わり、瀬名町は警察によって完全に包囲され、山田隼人は完全なる指名手配犯となった。
時を同じくして、栗城殺害の容疑で逮捕されていた鈴木が釈放された。
鈴木は無実で捕まった挙句、ストーカーになりながらも追いかけていたコンビニ女性店員・栗城を殺した山田に憎悪を抱き、山田が勤めていたという馬場建設に乗り込んだ。
指名手配犯が出社していたとされる会社にはもはや誰も近づかず、事務員の由紀だけが殺到する顧客からのクレーム対応に追われていた。
「ハァ、マジでやってくれたわね山田…。もう馬場建設の信用はガタ落ちだわ…。」
疲れきった表情で会社の不始末を片付けようとする由紀の元に、殺気立った鈴木がやって来た。
「な、何なのよあんた!?」
「山田はどこだ?俺の女を殺したあいつを警察なんかには渡せねぇ…。俺がぶっ殺してやるんだ…」
鈴木は鉈を片手に、無関係の由紀に脅しを掛けた。
「知らないわよ!山田はとっくにここをクビになったし、指名手配になったんだからどっかに逃亡したんじゃないの?」
「だったら俺の名誉棄損金を馬場建設さんに肩代わりしてもらおうじゃないか!」
「な、何でうちが?てゆーか、あんたはコンビニ店員殺しの容疑で捕まった奴?」
由紀はようやく目の前の鈴木の顔を思い出した。
「姉さんよぉ、俺は無実だぜ…。無実なのに捕まって…世間にはストーカー呼ばわりだ…。今さら怖いもんなんてねぇんだよ!」
鈴木は由紀のデスクに鉈を振り下ろした。
「あんた!そんな事してまたムショに戻りたいの?」
由紀は脅しにも動じる事無く反論した。
「なんて口の悪い事務員だ…。だが嫌いじゃねぇぜ…。あんたを誘拐して身代金を頂くのも悪くねぇな…。」
鈴木は由紀に詰め寄り、力ずくで押さえつけようとする。
バシュ!
次の瞬間、鈴木の後頭部にスコップが力いっぱい振り下ろされ、その衝撃で彼の両目が飛び出る。
「あ、アババ…て、てめぇは?」
鈴木の背後に立つ、血塗られたヘルメットと作業服の山田。
「や、山ちゃん!?」
凄惨なシーンに由紀は驚きを隠せずに腰を抜かす。
「由紀さん…大丈夫ですか?今片付けますからね…。」
山田は表情一つ変えずに鈴木の後頭部にめり込んだスコップを更に振り上げ、何度も何度も鈴木を殴りつけて物言わぬ肉塊に変えた。
「ハァ、ハァ、このストーカー野郎め…。栗城さんだけじゃなく、今度は由紀さんに目を付けやがったな…。でも、これで安心してください由紀さん…。こいつはもうストーカーなんて出来ませんから...」
不気味に笑いながら鈴木の飛び出した目玉を喰らう山田に、鈴木にすら動じなかった由紀も恐怖に背筋を凍らせた。
「な、何で?何でここに居るのよ…。」
「え?何言ってるんですか由紀さん…。俺はここを愛してるからに決まってんじゃないですか…。馬場が居なくなったんだし、俺のリストラも無かった事になるでしょう?」
「こ、こいつ…く、狂ってやがる…」
「狂ってやがるだと?俺を狂わせたのはこの会社だろうが!由紀さん…俺はあんただけは信じてたのに...。俺を救ってくれると信じてたのに...」
山田は腰に装着したホルダーからアーミーナイフを取り出して、後ずさりする由紀に詰め寄っていく。
「あ、あたしには関係ない…。山ちゃん、あたしは昔の馬場建設に戻って欲しいと願ってただけだよ…。もう止めよう…山ちゃん!」
「由紀さん…泣いてるんですか?俺の為に泣いてくれるんですか?」
山田も由紀の涙にもらい泣きし、恐怖の感情を超えた由紀は自ら山田を抱擁し、落ち着かせた。
「山ちゃん!もう止めて!昔の優しい山ちゃんに戻って…。」
「ゆ、由紀さん…。」
山田の力が抜けたと思ったその時、山田は彼女の背に刃を突き立てた。
「ゴフッ!や、山田…お、お前何しちゃってくれちゃって…。」
「由紀さん…も、もつ煮食わせろぉぉ!」
山田は狂喜乱舞しながら由紀に何度も噛み付き、体の数ヵ所を食いちぎられて息絶えた由紀を事務員席に座らせる。
その唇に血をまるで口紅のように塗りたくる山田。
「お、オフぉぉぉ!ゆ、由紀さん…な、何て美しいんだ!や、やはり、あなたは俺が追い求めた…天使…。天使のもつ煮が食いたくなってきたぁぁ!」
山田は狂気と共に由紀の遺体をお姫様抱っこし、会社のハイエースに乗り込んだ。
「由紀さん…今日からあなたが愛するのは峯さんじゃあなく、この俺だよ。ウフフ…。」
血にまみれた由紀を助手席に乗せ、山田は鼻歌を歌いながら夜の町に出発する。
だが、ハイエースが走り去ると共に黒いバンのライトがその後ろで不気味に光る。
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