第26話 山奥の饗宴

翌日の夕方、山田隼人は車で小林が携わる栗原の現場を訪れた。

YGコーポレーションの応援もあり、リフォーム工事は着実に進んでいた。

山田は小林の苦労を深く感じながら、終礼を終えてYGコーポレーションの若者たちを見送る小林の元へと足を運んだ。

「小林さん!お疲れ様です…。」

「ああ、山ちゃん…。久しぶりだね。」

「工事は順調みたいですね…。」

「まあ、何とかね…。」

「俺、新倉さんから聞きました…。馬場が責任を全部小林さんに押し付けていること…。」

「そうか…新倉さんに会えたか…。彼はたまに心配して連絡くれるよ。家業を継ぐみたいだね。」

「そ、そうなんです…。新倉さんが何をやるかは知りませんが、俺はともかく、あんな腕のある職人さんをも駒に使うなんて…馬場は外道だと思います…。」

「まあ、どんな奴だろうと社長は馬場さんだ…。彼が決めたことに抗うことは出来ないさ。」

小林は詰所に山田を迎えながら、相変わらず冷静に応えた。

「にしても、こんな短時間でここまで工事を進めるなんて…さすがですよ、小林さん…。外注で派遣会社と提携したとか?」

「うん…。YGコーポレーションがいなかったらここまでの進行は元より、工事続行も不可能だった…。結局、山ちゃんや新倉さんだけでなく、ワラさんや入沢君、峯岸さんも現場には居なくなってしまったからね…。」

小林の話に山田は耳を疑った。

「ワラさんや入沢さん、峯岸さんまで辞めさせたんですか?」

「正確には入沢君は失踪、峯岸さんは馬場さんの新しい内装リフォームに引っ張られ、ワラさんもそちらに引っ張られてしまったんだ…。」

「そ、そんな…。この状況でそんな大変な新規現場を取ってくるなんて…。馬場はどうかしてますよね?」

「フフッ、YGコーポレーションの人件費が多く掛かってしまうからね…。馬場さんはそれで新規を取ってきたんだろ?」

「こっちは小林さんと派遣会社に任せて、馬場さんは新規現場にワラさんと峯岸さんの三人で?」

「正確にはワラさんと峯岸さんの二人でやってるそうだ…。かなり大変みたいだけどな。」

「え?馬場さんは何してるんですか!?」

「投資金を増やすために競艇にまで手を染めている…。入沢君はそれを知り、嫌気が差してしまったみたいだ。」

「げ、外道を通り越して…鬼畜ですね…。」

山田は小林の話から、さらに馬場への怨みを募らせて行く。

「おっと、すまんね山ちゃん。また嫌なことを思い出させてしまって…。」

「い、いや、小林さんのせいじゃない…。」

「ちょっと着替えてくるから待っててよ。今夜はちょっと遅いが、山ちゃんの送別会がてら最高級のモツ煮込みを食べさせるから…。」

小林の器量の深さに、山田の馬場への怨みは少し抑えられた。

山田は小林を車に乗せ、彼の案内の元に町から少し離れた山の中に向かった。

「小林さん?本当にこんな所に最高級のモツ煮込みの店があるんですか?」

「フフッ、実は店じゃないんだ…。モツ煮込みは俺が振る舞うよ…。」

「え?小林さんの手作り?」

「そんな顔するなよ山ちゃん…。こう見えて俺は料理結構得意なんだぜ。」

小林は得意げな表情で応え、彼の案内で山田は山奥の家屋へとやってきた。

「ここは一体?小林さんの家じゃないですよね?」

古風な田舎の一軒家を連想させる建物は、かつての小林の事務所だった。

「これがかつての小林さんの?」

「ああ、今でも休みの日はここに来て料理したりしてるんだ…。」

中には囲炉裏や釜戸があり、飲食店のような厨房器具までが備え付けてあった。

「本格的ですね…」

「まあ、適当に寛いでてよ…。肉の下拵えはしてあるから、あとは煮込むだけだ…。」

山田は広い座敷で足を伸ばし、外から広がる麓の町の灯りを眺めていた。

小林のいる厨房からグツグツと鍋が煮える音が聞こえ、美味しそうな煮込みの匂いが鼻を突いた。

「も、モツ煮の匂いだ…。こ、この香り…は、早く食いてぇ…。」

モツ煮の香りを嗅ぐごとに、山田の野生が解放されるようだった。

「山ちゃん、待たせたね…。モツ煮だけじゃなく、もつ鍋も作ったから食って行ってくれ…。」

改めて囲炉裏にもつ鍋が掛けられる。

さらに美味しそうな匂いが部屋中に広がる中、山田は小鉢に分けられた味噌煮込みのモツにがっつく。

「う、うめぇ!こ、こんなモツ煮は初めてだ!こりゃ牛や豚じゃねぇな?」

「さすが山ちゃん…。この山で獲れる猪の内臓を使ってるんだよ…」

「さ、さすがだぜ…小林さん…。うめぇ!うめぇ!」

山田はモツ煮込みだけでなく、野菜や山菜と共に煮込まれたもつ鍋も頬張る。

「ここのところでかい猪が沢山狩れたからね…。今夜は沢山食べて行ってくれ…。」

小林は壁に飾られた猟銃を手に取りながら山田に狩りの話もするが、山田は話そっちのけでモツたちを頬張った。

「ギヒヒ…ち、力が沸いてくるようだ…。今夜はどんなことでもできちまうくらいに…。」

山田は小林の猟銃をマジマジ見ながら不気味に微笑んだ。

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