第33話 決着

 俺は咄嗟とっさに人形に手を伸ばす。

 だが、人形は拒むようにころころと黒い塊の方へと転がり出す。


「おいっ」


 小声で呼び掛ける。

 人形はなおも転がり続ける。

 彼よりも先に黒い塊が動いた。


「動くな!」


 細く黒い手がぐんと伸びて、人形を掻っさらう。

 俺は彼の制止の声で動くのをやめて、人形の行方を見守る。

 あっという間だった。


「…………」


 黒い手たちは人形をあやすように優しく揺らす。たくさんの手がそれぞれ人形に触れると、抱き締めるようにして取り込んでしまった。

 取り返そうと一歩踏み出した俺を、彼は片手を横に出して引き留める。


「――見守れ」

「だが」

「あの人形の望みだ。叶えてやりたい」


 心の底からそれを望んでいるようには聞こえなかった。


「……わかった」


 黒い手がすべて塊に同化すると、ビクンビクンとさらに強く脈動する。そして地面の中に潜るようにして消えた。


「行ったな」


 彼は俺を引き留めていた手をどかす。

 脅威が去ったことは雨が止んだことから察した。空が明るくなってくる。


「何がどうなっているんだ?」

「人形が生贄の代わりをつとめただけさ」


 そう答えるなり、彼は俺を横抱きにする。


「ん?」

「あいつの気が変わらないうちに山をおりるぞ」


 移動するから抱っこされたのだと理解した。

 緊張から解放されたからか、急激に寒さを感じて俺は身体を震わせると盛大にくしゃみをした。


「ぶえっくしょいっ!」

「おっと。ここで風邪をひいたら長引くぞ」

「屋敷には戻らなくていいのか?」


 山の神とやらがひいたのであれば、一度屋敷に戻ってもいいような気がした。靴も置きっぱなしだし、ふもとまで行くよりは近いはずだ。

 俺の提案に、彼はゆるりと首を横に振る。


「あの屋敷は、もう存在しないよ」

「……え?」

「詳しいことは、山をおりてからだ。神力全開でここを出る。舌を噛まないようにしっかり掴まれ」

「おい、本気で――うっ!」


 俺を説得する時間も惜しいらしい。彼は宣言通りに俺を横抱きににしたまま山を駆け下りたのだった。

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