第31話 落下

 ◆◇◆◇◆



 周囲に木片が散らばる。埃が立って、俺は小さく咳き込んだ。


「――無事か?」


 近くで声がする。


「なんとか」


 視界が良好になれば、自身の周囲にシャボン玉のような薄い膜が張っているのがわかる。二階相当から落下したにもかかわらず衝撃が少なかったのはこのおかげだ。


「使い慣れないからうまくできているか不安だったが、動けるならそれでいい」

「ほんとあんた、器用だな」

「器用貧乏の方だがな」


 そう返すなり、彼は俺の手を引いた。

 すんでのところで黒い手が伸びて、スッと縮んだ。触れずに済んだのは彼の反射神経が攻撃のスピードを上回ったからだ。


「そう簡単にやらねえよ」

「とにかく、外に出ないと。この際、靴は捨ててもいい」

「そうだな」


 ふむと頷くなり、彼は俺を横抱きにした。リュックサックも背負っているので不安定なはずだが、不思議と姿勢は安定している。


「って、なんで抱き上げられて――」

「靴がないなら、この方が移動しやすい」


 合理的なのはわかったが、これでは対応できない。攻撃も防御も彼が得意であり、俺は抱えられているだけで何もできないのに。


「だが」

「脱出が最優先事項だ。強行突破する。舌を噛まないように気をつけろ」


 俺が返事をするのを待つ余裕などなかった。四方から黒い手が伸びてくるのを、彼は最小限の動きですべて避け切る。俺はただ振り落とされないようにバランスを取るだけだ。


「行くぞ」


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