第32話
《武器を置け! 我々はGBの陸戦部隊だ、君らに逃げ場はない! 直ちに戦闘を中止し、投降しろ! さもなくば、我々は強硬手段に出る!》
そう響き渡ったのは、紛れもなく大野三佐の声だ。一部の隊員が自動小銃のセーフティを解除する。わざと音を立てながら。威嚇しているのか。
俺たち四人は全員その意味を理解して、この警告に従った。このまま戦い続けても、GBに打ち倒されるのが関の山。それをきちんと理解したのだろう。
俺、芹山、それから恵美と久弥。この順番で、俺たちは三佐の前に引っ張り出された。手錠をかけられる間も、誰も抵抗しようとはしなかった。
ふと横を見て、俺は一瞬で頭が真っ白になった。自分がどんな罰を受けるのかは分からないが、きっと久弥よりはマシだろう。なにせ、久弥の左腕は真っ黒に焼け爛れていたのだから。自然治癒力などあてにならないのは、誰が見ても明らかだ。
恵美も恵美で、手錠を掛けられる拍子に翼がぼろぼろと崩れ去ってしまった。
憐憫か、単なる不愉快さからか、大野三佐は顔を顰めた。それから傍らに控えていた部下に向かって、顎をしゃくる。
すると部下は数枚の布を取り出し、手際よく俺たちに目隠しをした。これから芹山の極秘研究所に行こうというのだから、当然といえば当然か。
兵士に手を引かれ、ゆっくりと立ち上がる。こうして俺たちは、中型の多用途ヘリに二組に別れて、どことも知れぬ場所へと連れられて行った。
※
ばららららららら、と回転翼機特有の飛行音がする。そのヘリ特有の金属音に鼓膜を叩かれながら、俺は気持ちを落ち着けた。
まだ飛行を続けるのだろうか? かなり遠くまで来ているようだが、燃料は間に合うのか? いやそれより、他の三人はどうしているのだろう?
軽く首を傾げた拍子に、俺の頭部に何かが引っ掛かった。ヘッドフォンだ。
最初に聞こえてきたのは、三佐の声だった。
《あー、こちら大野。佐山、芹山、それに桧川、聞こえるか?》
三者三様の応答が響く。
《よし。桧川恵美くん、君は今、謝らなければならない人物と同席している。分かるな?》
《……はい》
《うむ。念のため申し上げておくが、芹山博士、録音録画はご容赦願いたい。機密保持のためだけでなく、恵美くんの願いでもあるのでね》
《願い? 命令ではなく、ですか? それじゃあ従うしかないか》
《それでいい。では恵美くん、ゆっくりでいいから、君が佐山にしてしまったことを白状するんだ》
《分かりました》
恵美が俺に何かをした? 俺の方には、そんな自覚はまったくないのだが。それでも三佐の言うことだし、根拠のないことではないのだろうな。
《トシくん、いろいろ思うところはあるだろうけど……。私の話、聞いてくれる?》
「当然だろう、情報は共有しておかないと」
恵美は軽く溜息をついたが、それは退屈しているというより、周囲の冷たい感覚を追い払おうとしているように聞こえた。
《オカルトっぽく聞こえちゃうかもだけど、信じてくれる?》
「もちろんだ。だから早く、洗いざらい白状してくれ」
急かすようなことを言ってしまったが、俺はそれを後悔することになる。
恵美の言葉が、あまりにも暗く、陰鬱で、重苦しいものだったからだ。
※
十年前。
学校行事で山岳地帯を歩いていた桧川恵美は、あれだけ注意深かったにもかかわらず滑落し、たったの十年でその一生を終えた。
最後の最後、たった一つだけ彼女の心に残された存在。それは、ある少年の記憶だ。慌てふためく大人たちに構わず、そして最後の最後まで自分の手を掴んで引き上げようとしてくれていた、幼馴染の必死の形相。
それが具体的にどんなものだったのか、よく覚えていない。
ただ一つ言えるのは、彼が自分のことをこれほどまでに、世界中の誰よりも大切に思ってくれているということだ。
彼とは幼馴染で小学校でも同級生。クラス替えの時も同じクラスになっていた。
皆で遊んだり、登下校したりする時も一緒。お陰で早々に、恋人やら結婚やらという言葉をぶつけられた。
もちろんそれは、同級生たちが、ふざけてからかっていただけ。そうと分かっていたから、恵美は笑っていられたし、孤立することもなかった。
だがその一番の功労者は、なんといっても件の、幼馴染の男子児童だった。
いつもそばにいてくれたし、度が過ぎるからかいは暴力を振るってでも鎮めていた。
結局は、女子を庇って暴力を振るう男子がいる、ということで、余計に恵美とその男子のカップリングは強調されることとなった。
だが、同級生たちは気づかなかった。恵美の胸中で、その男子に対する恋愛感情が既に芽生えていたことに。
※
「ま、待ってくれよ、その男子児童って……?」
「言われなくても分かるでしょう? 君のことだよ、トシくん」
私だってあなたのことが――。
そう言いかけて、恵美は黙り込んだ。微かに肩を震わせ、手首のあたりで両目を擦る。
それでも、胃袋の底から湧き上がってくるような嗚咽を押さえることはできない。
「大丈夫か? 無理するなよ」
「わ、私は大丈夫……。こっちが謝る立場なんだから、しゃきっとしてなきゃいけないのに……」
俺は音もなく溜息をついた。
「あんまり気にするなよ。こんなことに巻き込まれるのは、俺にとっても初めてなんだ。お互い様なんだから」
「……お互い様なんかじゃないよ」
そう口にした恵美。その瞬間、俺は全身の血流が止まってしまった。本当に、呼吸器も循環器も、全身が停止してしまったのだ。
それともやはり、俺の感じ方がおかしいだけなのだろうか?
「ねえ、トシくん」
「なっ、ななななんだ?」
「手を貸して」
言うが早いか、恵美は俺の方へ腕を差し出してきた。お互い目隠しをされているので、俺も状況がよく分からない。
ゆっくり腕を漂わせていると、何か柔らかいものに指先が当たった。恵美の肘のあたりだ。
恵美はするすると自分の腕を動かして、俺の手首を握り込む。
「しばらくそのまま」
恵美の口調は明瞭だったが、それゆえに声の震えが直に伝わってきた。
ピリッ、という微かな痛みが、自分の手首に走った。続けて心臓が早鐘を打つように動き出し、全身から汗が噴き出す。その汗は、何故かそれほど不快ではなかった。
待てよ。これって、まるで俺が恵美に恋をしているみたいじゃないか。
確かに、俺は恵美のことが好きだ。彼女と築く未来というものに、強い憧れを覚える。
しかし今はどうか? 心の表面では、恵美がそばにいてくれることに大きな安全と安らぎを得ている。幸福だと思う。
だが、俺の心は奇妙な感覚を伴っている。疑念だ。具体的に言えば『俺の恋愛感情は本物なのか?』ということ。
俺の手を無意識で弄ぶ恵美。しかし、恵美が手を離し、引っ込めると、俺の異常な体調はすぐさま元に戻った。いや、戻されたというべきか。
「え、恵美、今のはいったい……?」
「トシくんの神経に特殊な電気信号を流したの。私に恋愛感情を抱かせるために」
「な……え……? じゃ、じゃあつまり、俺がお前のことを好きだと思っていたのは、全部偽の感情だった、ってことか?」
そう言って、俺はしまった、と思った。だがもう遅い。
恵美は再び両手で顔を覆い、泣き出してしまったからだ。
流石にこれでは、彼女を責める気は失せてしまった。
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