第一部 ~始まりの章~

災厄の芽吹き

「……ち、違う……こんな……」



 毘天ひてんはべっとりと手に付いたまだ生暖かさを残す血糊を見つめ、青ざめた表情と震える声で否定する。

 ぎこちなく視線を上げれば、目の前には御神体として注連縄のかかった巨大な岩と鳥居。その二つとも飛び散った血に染め上がり、その血の主である人間が二人、彼の足元にうつ伏せになって倒れている。

 ふと、小さな悲鳴が聞こえて緩慢な動きでそちらに目をやれば、周りに集まっていた何十人もの人々の青ざめた顔が目に映る。中には恐怖に染まった顔を浮かべて足早に逃げ帰る人の姿も見えた。


 視界がグラグラと揺れる。焦点が合わない。頭の中もぐちゃぐちゃで考えがまとまらない。


 違う。こんな事になるなんて思ってなかった。だって、これは村を上げた一族の他愛無いただの恒例行事のお祭り。ただ「力比べ」をするお祭りだった……そうだったはずなのに……。


 毘天はもう一度自分の震える手のひらに視線を落とす。そしてその掌の向こうに映る二人の人物……両親の亡骸……。


 愕然とした表情が戦慄きながらみるみる歪み、溢れ出る涙が止めどなく頬を伝い落ちる。首を左右にゆっくりと振りながら一歩後ろへ後退し、そしてそれまで張り詰めていた糸が突然ぷつりと切れたように、その場にくずおれて膝をつく。



 一体、自分は何をした?

 自分を愛し、守ってくれていた優しい両親に……一体、何を……?



「あ……あああぁ……。ああああぁぁぁぁぁぁあああぁぁっ!!」



 喉の奥から絞り出すように毘天は両手で顔面を覆い隠しながら悲しみの雄叫びを上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る