〇〇スイッチ押しますか
天西 照実
〇〇スイッチ押しますか
『自己中スイッチ押しますか』
これは夢だ。
夢と自覚しながら見る夢を、
暗闇にぼんやりと、赤い着物が見える。
『……せんせい』
石を擦るような少女の囁きが、僕に語りかけてくる。
よく見れば少女は、灰色の箱のようなものを抱えていた。
『言葉を、探しているのです』
『自己中心的な人。ジコチューと言いますでしょ。その反対語を探しているのです』
僕が国語教師と知って、少女は現れたのだろうか。
少女は、視線を箱に向けながら続ける。
『自の反対を他とすると、タコチューになってしまいます』
『使った途端、ひと笑いして話は変えられてしまうのでしょう。自身よりも他人を優先する意識について話したいのに』
少女はこちらに顔を向け、小首を傾げながら、
『タコチュー?』
と、聞いてくる。
口を出したい意識が、笑いそうになる僕を止めた。
「自、だけでなく、自己の反対なら他者です。自己中心的という言葉の反対として使うなら、
『りた。耳慣れない言葉です』
少女は答えた。
会話は成立するらしい。
「利他は、自己の利益を優先せず他者のために行動するという意味の言葉です。利己的の対義語として利他的という言葉もありますが、子どもたちが使うのは自己中という言葉ばかりですね」
僕は、少女に説明した。
『りた。利他。利他……』
頷きながら少女は、言葉を繰り返してクスリと笑った。
抱えていた箱を、両手で差し出して見せる。
箱の上には、丸く黒い突起があった。
『ここに、自己中が死滅するボタンがあります。利他的な人を利用するタイプの迷惑系自己中に限定いたしましょう』
笑みを浮かべていた少女が、大きな眼を見開く。
気付けば、少女は目の前まで歩み寄っていた。
『押しますか』
『押しますか』
『押しますか』
少女が迫る。
――僕は、逃げるように目を覚ました。
すぐにベッドから起き出し、手帳を開く。
使っていきたい言葉。
『利他』『利他欲』『利他的』
書き出して、文字を眺めた。
「……夢の中でくらい、押せば良かったかな」
眠りについて、まだ一時間しか経っていない。
僕はすぐに、貴重な睡眠時間に戻った。
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