第6話 音楽

 クラスで音楽の授業をボイコットしようという声が上がった。言い出したのはクラスで陰キャと見なされていた男子だったから、皆驚いたけど、笑い話で終わった。


 その日の放課後、誰もいなくなった教室で、私は音楽室に教科書を忘れてきたことに気付いた。慌てて取りに行くと、音楽室から音がもれていた。もう吹奏楽部の人も帰ったはずの音楽室で、誰が音を出しているのか。しかも防音設備のしっかりした音楽室から漏れるほどの爆音で。私は気になってドアを恐る恐る開けて、数センチだけ開いた扉から中をうかがった。そこには数人の男子生徒がいた。あまり見かけない男子生徒だけだったが、全員この高校の制服を着ているから、先輩や後輩なのかもしれいない。しかし私が一番驚いたのは、私のクラスで陰キャの彼が、その中で楽しそうにしていたことだ。ドラムにギターにベース。そしてマイクを握っていたのは陰キャで音痴で音楽嫌いのはずの彼だった。


「もう一回、合わせようぜ!」


 教室にいるよりも、彼は生き生きとしていた。汗をかきながら、必死に歌っていた。私は見てはいけない物を見た気がして、そのまま扉を閉めた。後ろめたさと、彼の意外な一面に、心臓が跳ねている。私はこの時から、彼から目が離せなくなった。クラスで誰にも相手にされない彼は、いつもびくびくしていて、背中を丸めて文庫本を読んでいる。まるであの時見た彼とは別人だった。そして私は、すっかり彼らのバンドの魅力にはまった。放課後の音楽室から漏れ聞こえる音を聞くのが密かな楽しみになった。


 しかしある日、聞こえてきたのは音ではなく罵声だった。


「何で黙ってたんだよ、引っ越すなんて!」

「仕方ねぇだろ! 急な事だったんだから!」


 私が覗き込んでいるとも知らず、彼は相手の胸ぐらを掴んで拳を振り上げた。


「暴力は駄目!」


 私は思わず音楽室の中に飛び込んで、叫んでいた。そこにいる皆が、呆けた顔になった。彼はバツが悪そうに拳を収め、手を放す。


「じゃあ、こいつの代わりにギターやって」


 彼は笑顔でそう言って、私にギターを押し付けた。バンドメンバーが皆ニヤニヤしている。



 嵌められた、と私は理解する。

 


 ギターの人が引っ越すのは本当で、メンバー探しをしていたのも、本当だった。そこで、毎日こっそりバンド演奏を聞きに来る私に目をつけて、一芝居打ったのだ。


「ただで聞けると思ったら、大間違い。君は音楽が得意だから大丈夫だよね?」


 彼は舌を出して笑った。


 私は悔しかった。


 シャウトする彼の声が、胸に響いて、今ではすっかり彼の事が好きになっていたこと。そしてそれを彼に気付かれていたことも。


                           〈了〉

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