第2話 あんぱんの好きのあなた
あなたは、いつも決まった時間にお店に訪れる。
注文するのは、きまって表面に胡麻が振られたあんぱん。
それにミルクコーヒーとレジ横に並べられているゆで卵一つ。
身なりからして、そこそこいい会社に勤めているのだろう。頭髪は長くもなく短すぎもしない清潔感漂う髪型。
スーツもシワ一つ見当たらず、革靴も艷やかで入店した瞬間に気づくほどに耳障りのいい足音が鳴る。
私はただ、出されたトレーを受け取り点数を数える。
好みかと聞かれたら、好みだ。
接客をしながらでも、あなたのことが気になって仕方ないのだから。
でも、自分の身分は自分が一番理解しているから、欲張らない。
あなたの横に立つ人はきっと英語もできて、年中おしゃれに気を使える大人っぽい素敵な女性。
それに比べて私は、腫れぼったい一重に丸顔。
おしゃれより動きやすさを取ったズボン姿、仕事をしていたら崩れてくるからメイクも必要最低限――目元だけ。
だから、私は一店員として、いつも頑張っているあなたを送り出せるだけで充分。
寧ろ、他の恋する人より、恵まれていると思う。
私は店員であなたはお客。
あなたがどう思っていようとも、必ず声を掛けられるのだから。
だから、私は胸を躍らせながらあなたを待っていた。
だというのに。
あなたは、私に電話番号とメモを手渡してくれた。
その時の表情は、今でも覚えている。
入店を知らせるベルが鳴って、私がいつものように挨拶をしたら、あなたは何か決心をしたような表情でレジの前に来た。
いつもとは違って、まるで初恋をしているかのように、頬を赤く染めて、子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。
それがきっかけで、私たちは恋人になり、やがて夫婦になった。
『現実は小説より奇なり』
そんな言葉がありましたが、本当かもしれませんね。
「まり、行ってくるな」
年季の入った玄関で白髪交じりのアナタが言う。
「ええ、いってらっしゃい。晴彦さん」
私は、今日もあなたを笑顔で送り出す。
もうあの頃のようにあんぱんを渡すことはできなくなったけど、その代わり――。
「晴彦さん、お弁当!」
「ああ、ありがとう! お昼楽しみにしているね」
手作りのお弁当を渡す――あの日と変わらない胸の高鳴りを込めて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます