第2話 俺はただ………
まず、学校から処分を受け約数週間の停学となった。自分としては、もっと重くなるものだと思っていたので少し安心した。
そしてここ数日は、家で大人しくしていた。本来なら家族が俺を叱ったりするんだろうけど、そんな存在は俺にはいない。
家で一人考えていることは、あの時の最後の言葉と東雲さんの表情だった。
「ごめんなさい。もう私に関わらないで」
東雲さんは悲壮に満ちた顔をしながら、そう言い残して去って行った。
その時、俺は感覚的に自分が振られたことを理解してしまった。
今まで、何回も告白紛いの言葉を彼女に口にしてきたが、それに対して東雲さんには照れながらもはぐらかされてきた。だが、今回は明確な拒絶を言葉の節々から感じた。
この時、俺は確かに彼女に振られたのだ。
あの時、俺はこの展開を望んだ。傷つける覚悟を決めていた。だけど、すっごい苦しい、辛い。
だけど俺が何よりも苦しいのは東雲さんにあのような顔をさせてしまったことだ。
あの顔を見た時、俺は彼女を傷つけてしまったと理解した。
そう、この苦しみは東雲さんに振られたショックではなく、東雲さんを傷つけてしまったという罪悪感。
だがそんなものよりも俺の頭の中には別の不安が渦巻いていた。
そんな中、唯一の親友である陽太が家に来た。
「朝陽、大丈夫か?」
「………俺はいい。それより東雲さんは?」
「ここ数日、学校を休んでる」
「そうか………」
当たり前だ。元々、友達だと思っていた奴に裏切られ、そいつは自分のことを襲おうとしてたんだから。
「朝陽、本当は何があった?」
「……何も無い。噂どおりだ」
いつもの自分では考えられないほどに冷たい声が出た。
「嘘だな。東雲さんを襲う、襲わないはともかく、お前はあの人の嫌がることをしない」
「色々言いたいことがあるけど、少し信用が厚すぎないか?」
「当たり前だ。俺はお前を信じてる」
「そりゃどうも」
***
俺は意を決して、陽太に全てを話した。
「それはまた………。いや、お前はそういうやつだったな」
陽太が呆れたように言う。だけど、その声には安心や悲しみが感じられた。
「別に、後悔はしてない」
「それを東雲さんに言うつもりは………?」
「ないよ」
「だろうな」
「なら、これを機にしばらく大人しくしていろ」
「………いやだ」
「はぁ!?」
ずっと考えてた。
俺が東雲さんと関われなくなった今、彼女はどうなるのか。
「いいか?東雲さんは世界一可愛いんだ」
「あ、あぁ」
今は家に閉じこもっているらしが、精神面は時間が解決してくるだろう。
「俺がいなければ今頃、数多の男どもに狙われていたに違いない」
「確かに、今回もそれがきっかけだったな」
問題は………
「この先、俺が消えたことで『もしかして今なら、東雲さんワンチャンいけんじゃね?』などと抜かす身の程知らずどもが絶対現れる」
「…………」
東雲さんは以前に男に襲われてから、男を避ける傾向があった。
「見ず知らずの男どもを、今の東雲さんに近づけるわけにはいかない」
「…………」
「俺は東雲さんが好きだ。大好きだ!たとえあの子に嫌われても、拒絶されても、俺は東雲さんを助けたい」
「朝陽……… 1周回って気持ち悪いぞ」
「何でだよ」
「でも、今の俺じゃできないことも多い」
「まさか……」
「陽太、俺を助けてくれ」
「…………」
俺の人生史上1番かっこいいであろうセリフに対して、陽太は微妙そうな顔をしていた。
「おい陽太、そこは『まかせろ!』や『ああ!』って一言で返すところだろ!」
「お前、東雲さん関係になると倫理観が外れるからな………」
「何だ、その言い方は………」
こうして、俺の計画が始まろうとしていた。
***
「無理だ………」
俺は、一人駅のホームで自分の無力を嘆いていた。
あれから1ヶ月後、俺の計画は全くというほど進んでいなかった。
正確に言えば、実行不可能に近い状態だ。他の誰でもない女子によって。
元々、東雲さんは性格の良さとその可愛さも相まって男子はもちろん、女子からの人気も高かった。
そして、今回の出来事で取り巻きの女子たちに火が付いてしまった。
東雲さんが学校に復帰してからは、男どもを東雲さんに一切近づけようとしない。完全なボディガード状態だ。
当たり前だが、俺に関しては一段警戒心が強く、女子たちが肉壁となり、東雲さんを視界に映すことすらできない。そんな俺に女子たちは軽蔑と侮蔑の混じった視線を向けて来る。
『あいつ、また玲香ちゃん見てるよ』
『本当だ。気持ち悪い』
『…………』
最近では、視線だけでは飽き足らず、悪口も追加されてきて、すごく逃げ出したくなる。
せめて、東雲さんが言ってくれば、喜んで承るのに………。
さらに、東雲さん自身も男と関わるのを拒否しているようで、近くに男がいるとその場からすぐに離れていく。
俺なんて、もちろん論外であり、帰りにコンビニで鉢合った時なんて、怯えながら逃げられ、危うく裁判沙汰になりかけた。もちろんワザトジャナイヨ?
決して東雲さんが心配だったからついて行ったとかではないので安心してほしい。
それから、取り巻きたちの警戒心をさらに高めてしまい、今では学校だけでなく放課後でさえ東雲さんが1人の状況はほぼないに等しい
『大好きだ』や『助けてくれ!』なんてカッコつけて言ったが、正直今の俺に出来ることは無いと言っても過言ではなかった。
別に、俺だって何もしようとしなかったわけではない。
東雲さんの情報を集めるために、東雲さんの親友と…………。
ただ、実際に俺がしたことと言えば、復学してからすぐ俺に恨みを持つ奴らが俺をこの勢いのまま退学させよう画策していたので潰したぐらいだ。
それは何となく予想出来ており、今まで俺が裏でして来たことを考えれば、起きない方が不思議なくらいだ。
しかし彼らのやったことなんて、机に落書きしたり、根も葉もない噂を流したりとくだらないものばかりだった。とはいえ、鬱陶しいことには変わりないので、少し脅してみたら無くなった。
1ヶ月、そんなどうしようもない日々を送っていた。
東雲さんに何もなければいいが、何かあったかどうかすらわからない。
状況が状況とは言え、自分の無力を悔やむことしかできない。
「………アニメイトでも行って帰るかー」
気分転換がてら、アニメイトに行くことを決めて、俺はちょうど来た電車に乗り込んだ。電車に乗ってすぐ、空いてる席に座ろうと思い電車の奥へ進んで行くと。
「東雲さん?」
セリフからわかる通り、電車のドア付近に立っている東雲さんがいた。以前、裁判沙汰になった時から、帰りに鉢合わせないようにいつも遅く帰っていたが、彼女も帰りが遅かったようだ。
あわよくば、このままずっと見ていたいがそんなことをすれば、次に東雲さんと会うのは法廷になってしまう。流石にそれはごめんだ。
東雲さんも俺に気づいていないようだし、警察に通報される前に早く逃げよう。そう思い、隣の車両に移ろうとすると、
「キャーーーー!!」
突然、電車内に悲鳴が上がった。声に反応して振り向くと、血が体から血が流れて、倒れている女性とその横に血で汚れたナイフを持った男が立っていた。
「全員、動くな!!」
男が声を上げた瞬間、電車内が静まり返った。
状況は火を見るよりも明らかだ。
それなのに先程まで逃げようとしたり、パニックに陥っていた人達が嘘だったように静かになった。男の気迫から、騒ぐとあのナイフで倒れている女性もしくは自分を本当に殺すと感じたからだろう。
見たところ、倒れている女性は今はまだ生きているが、あの出血量はまずい。放って置いたら、本当に死んでしまう。だからと言って俺にできることはないのだが…………
「大丈夫ですか!?」
数秒の沈黙を破ったのは聞き覚えのある声だった。
「………東雲さん!?」
東雲さんが倒れている女性に駆け寄り、出血部分に布を当てている。
怪我人を見つけた時の対処法としては正解だが、この状況では自殺行為だ。
「お前。何をしている?」
「…………」
「どうやらお前が先に死にたいらしいな」
「!!」
「あの馬鹿!!」
その言葉を聞いた途端、俺は東雲さんのところへ走り出していた。
考えるよりも先に体が動いていた。
そんな言葉をこの前、何かの漫画で見た気がする。
仮に東雲さんを助けても、何でここにいるのって罵倒されるかもしれない、格好つけあっさりと殺されるかもしれない。
そんな思考は全く無かった。
俺の頭にあるのは…………
『俺は東雲さんが好きだ。大好きだ!たとえあの子に嫌われても、拒絶されても、俺は東雲さんを助けたい』
俺はただ、東雲さんを助けたい!!
****
どうしてこうなってしまったのだろうか?
ナイフを持った男が私の元へ一歩一歩距離を詰めてくる。
いや、理由は明確だ。
男に刺された女性を放って置けず、男の忠告を破り思わず倒れている女性に駆け寄ってしまった。そしたら案の定、男に目をつけられてしまった。
こうして今に至る。
男が一歩一歩距離を詰めてくる。
「………来ないで!」
「…………」
自分の手にあるカバンを投げつけるも、男は容易くにそれを弾く。
そしてあっという間に、男は私の目と鼻の先まで来て、そこで足を止める。
「俺の前から退け。そうすれば、見逃してやる」
「!!」
予想外な言葉にまさかと思い倒れている女性に視線をやると………
「ただし、その女は殺す」
「……!!」
私の考えを見透かしたように男が告げる。
男の言葉で男は選べというのだ。
自分が死んで女性を助けるか、女性を犠牲にして自分が助かるか。
「どうした?逃げなくていいのか?」
早くしろと言わんばかりにナイフを振り上げる。
本当はすごく逃げたい。今だって、泣きそうなのを我慢して、顔を上げるのが精一杯だ。声を出す余裕すらない。
「…………」
だけど、私は逃げるわけにはいかない。私が逃げたらこの人が殺されてしまうから。
「そうか。なら死ね」
男がナイフを振り下げた瞬間、思わず目をつぶってしまう。
この時、私の頭の中には一人の男の子が映し出されていた。
少し前、絶交した男の子。彼はいつも私を気にかけ、助けてくれた。
だが、彼はもう私を助けてくれない。
他の誰でもない私自身が彼を拒絶してしまったから。
せめて最後に…………
「……!!」
グサっ!
ナイフが刺さる音が聞こえ私は激痛を覚悟した。
「なにっ!?」
だが、それを感じることはなく、代わりに男の驚嘆が聞こえた。
「…………?」
何が起きたのか確かめるべく、恐る恐る目を開けると、私の前には先ほど頭の中で思い浮かべていた少年が立っていた。
「大丈夫か、玲香?」
俺のことが嫌いな子を影から守っていたら、いつの間にかめちゃくちゃ甘やかされるようになってた 大川りく @Nemesiu
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