第2話 異世界転生
「──
上半身が勢いよく起き上がる。
心臓が激しく鼓動している。頭にまで響いてくる。呼吸も荒い。全速力で100mを走った後みたいだ。時間差で汗が身体中から噴き出してくるのがわかる。
一体何が起きたんだ?ここはどこだ?いづれにせよ一回冷静になる必要がある。
まずは呼吸を整えよう。若干過呼吸気味になっている。息を吐き出すことに意識を向ける。しばらくすると呼吸も心臓も落ち着いてきた。汗は引いて逆に肌寒い。むしろこの寒さが頭を冷やしてくれる。
状況を整理しよう。
俺はあの時おそらく、いや、間違いなく死んだ。
交差点に赤信号であるのにも関わらず大型のトラックが運転席側から突っ込んできた。かなりのスピードだったはず。あの時の衝撃を何かに形容するのが難しい。何せ経験したことのない感覚だ。
一瞬の出来事だったけど、なぜだかあの時の感覚を体は覚えている。
右腕から肋骨、背骨がぼきぼきと折れる音。そう簡単に折れるはずもないが、あれほどの衝撃なら小枝を折るが如く容易なことだっただろう。
頭はエアーバッグのおかげで打たなかったようだが、強烈な衝撃で頸椎も折れた。車が止まると全身のあらゆる所から生温かい血液が体から溢れ落ちていく。何かしらの臓器も飛び出ている。
「うっ・・・おぇぇっ」
あまりにもリアルすぎる感覚に突然の吐き気が込み上げる。けれど吐き出すものがない。出るのは胃液だけ。食道が熱くなる。口の中は苦味と酸味でいっぱい。
頭痛で目の前もチカチカする。せっかく整った呼吸もまた激しくなる。
「み、みず・・・」
体の細胞一つ一つが水分を渇望している。
ここがどこなのかもまだ整理できてないけど、そんなことよりも水だ。
周囲を見渡すと幸運なことに池のようなものが近くにある。今ある力を振り絞って這いずりながら近づいていく。この水が衛生的に大丈夫かどうかなんて問題ではない。水を求める魚の如く身体ごと池の中にダイブする。
静かに水飛沫が上がると、全身が冷たい水で満たされた。肌に水が浸透して、乾き切った細胞に染み渡っていくのを感じる。これが極限状態の人間の感覚というものなのか。
さっきまでの記憶も今は湧き上がってこない。頭の痛みも引いた。
息が限界に近づいてきたので浮上する。水面から勢いよく顔を出すと、視界も明瞭になった。
ここは森の中だ。見たことがない景色だ。耳に届くのは木々が風で擦れる音と鳥の鳴き声、
それがなんとも心地よい。
まるでサウナの水風呂みたいだ。整うに近い。
心と体の調子が回復してきたので、一旦池から上がることとする。地面に手をつきながら地面に座り込んで上を見上げると、雲一つない真っ青な空が広がっている。この空だけは世界共通の景色だと思うとなんだか落ち着いてきた。
さて、状況整理の続きといこう。
俺が死んだのは確実。次はここがどこなのかということだ。
最も考えられるのが黄泉の世界。てっきり三途の川でも渡るのかと思ったが、死後の世界の真実は違うのかもしれない。死後の世界なんて死んだ人間にしか分からないのだから、天国も地獄も想像でしかない。ただこの景色が地獄とは到底思えないので、おそらく天国。しかも生きてるかのようなリアルな感覚。死後の世界も悪くないのかもしれない。
あるいは、あの事故の後、秘密組織に改修されて、何らかの処置を施して、どこかの森に放置したか。いや、これはないな。小説の読み過ぎだ。
とするとやはりここは極楽なのだ。
真凛、花凛、綾──ごめんな。まだ何もしてやれてないんだ。したいことたくさんあるんだ。何も残せてやれてない。せっかくの誕生日も台無しになったしな。唯一生命保険の死亡保険金だけは、3人が生活していくのに余裕がある額を渡せる。でもそれだけだ。あの子たちの成長を見届けられないなんて、悔しすぎる。綾にもたくさんの負担をかけてしまうな。心配で心配で仕方がない。守護霊とかになれないのだろうか。そうすれば近くで見守ってられる。そうだ。ここが天国なら何かしらの方法で現世に戻れるかもしれない。たとえ触れることができなくても、あの3人の近くにいることさえできればそれでいい。
そう思えた途端やる気が漲ってきた。
まずはこの森を抜けよう。何かあるかもしれない。
探索の前にまずは喉を潤そうと、池に顔を覗き込んだ時だった。
「え?だ、誰だ?」
水面に映し出されていたのは少し癖っ毛な短い黒髪で、大きな瞳は緑色で西洋風の少年のような顔立ちになっている。よくよく見てみると布切れ1枚でできた服を身につけているだけ。この変わった出立ち、目の前に映る知らない人物、でも意識は俺そのもの。
待てよ、もう一つの可能性、もしかして、ここは異世界?
俺は異世界転生したってことか?
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