三日目 迷宮探索(一)

夜明けとともに、七人は王都を後にし、森を抜けて迷宮へと向かった。

一昨日の大地震で現れたとは思えないほど古めかしい石造建築が、朝靄の中にそびえ立っていた。

迷宮の入口には古代文字が刻まれた巨大な門扉があり、その向こうに深い闇が待ち受けている。

「古き魔力の残滓が石に染み付いておる…」

大賢者トートが短く詠唱を始めた。

指先から生まれた光球が無数に分かれ、小さな星となって洞窟の奥まで散らばった。闇が音もなく後退していく。

「造りも古い」

トートの呟きを背に、ユーメリナは深く息を吸った。

懐から、小さな丸い水晶板を取り出す。

淡い光を帯びたそれを、そっと握りしめた。

「ほう」

ヴェルンドが振り返り、目を細めた。

「見事な水晶だ。数百年は経ているだろうに、魔力の流れが澱んでいない」

「……お守りです。祖母の形見の」

ドワーフ王は髭の奥で笑った。

「先祖の加護ほど心強いものはない。我らドワーフもそうだ」

湿気と土の匂い、そして岩壁から滴る水音が洞窟に響いている。

前を行くアスモダイの背から、かすかな酒精の残り香。

「エルフの聖女よ、我らが後を頼むぞ」

ヴェルンドは戦斧を担ぎ直し、前を向いた。

門扉をくぐり、七人は迷宮の内部へと進んだ。

先頭にロンジヌスとアスモダイ、続いてニョルドとヴェルンド、最後にトート、カサンドラ、そしてユーメリナが続いた。


しばらく進むと、前方に影が揺れた。

アークゴブリン。アークオーク。

絶滅したはずの魔物が群れをなして身構えていた。

通常の同族より一回り大きく、ゴブリンは濃緑色、オークは暗褐色の独特な体表を持っている。

「ほう、これがアークゴブリンか」

ヴェルンドが戦斧を構えながら興味深そうに眺めた。

「私が引きつけます」

白銀の鎧をまとったロンジヌスが静かに前に出た。

彼の放つ威圧が空気を震わせ、魔物たちは一斉に標的を定める。

カサンドラが両手を天に掲げ、聖なる光を降ろした。

防御と回復の魔法がロンジヌスを包み込む。

アークゴブリンとアークオークが耳をつんざく咆哮を上げ、地を揺るがす足音と共に襲いかかった。

鋼と鋼がぶつかり合う金属音が洞窟に響く。

しかし聖騎士は表情ひとつ変えず、カサンドラへの絶対的な信頼に支えられた戦い方を見せていく。

左からの斧を盾で弾き、右からの剣撃を剣で受け止め――アークオークの巨大な拳を敢えて肩で受け、その隙に剣を突き立てる。

瞬間、カサンドラの治癒光が傷を包み込んだ。

普通なら避けるべき攻撃も、回復が来ることを前提に敢えて受け、より有利な間合いを取っていく。

足元への爪攻撃を軽やかに跳んでかわし、まるで踊るような優雅さで、息ひとつ乱すことなく魔物たちの猛攻をさばいていく。

息の合った連携。

王都で共に戦い抜いてきた二人だからこそ、カサンドラの魔法はロンジヌスの動きを完璧に読んでいる。

感心しつつも、ユーメリナは詠唱を始めた。

ヴェルンドたちに強化魔法をかける。

「おお、力が湧くわい!」

魔法を受けたヴェルンドが豪快に笑った。

「エルフの聖女様に魔法をかけてもらえるとは、長生きしてみるものじゃ」

鈍い破砕音と共に戦斧がアークオークの頭蓋を砕き、風を切る音を響かせながらアークゴブリンを薙ぎ払った。

ロンジヌスに意識を集中させられた魔物たちは、他の攻撃に全く気づかない。

アスモダイは無言のまま死角から鋭い一刀で敵の首を刎ね、仮面の魔法剣士ニョルドが詠唱すると、洞窟内に無数の光の矢が浮かび上がった。

それらが雨霰と魔物に降り注ぎ、一瞬で敵陣を蹂躙していく。

トートの炎弾が洞窟を照らし、残った敵を焼き尽くす。

ロンジヌスが全ての敵意を引きつけたからこその、一方的な殲滅だった。

「見事な連携ですね」

ユーメリナが感嘆の声を漏らした。

「そうだな」

アスモダイが剣の血を払いながら、ユーメリナの隣に並んだ。

「特にあの二人だ。ロンジヌスがあれだけ敵を引きつけてくれると、こちらは好きに動ける」

「息がぴったりですよね。まるで相手の動きが見えているみたいで」

「長い付き合いですから」

不意に、ロンジヌスが振り返った。

「任務を共にすることも多いですが——そもそも私たちは、同じ孤児院で育ったのです」

「ああ、今はカサンドラが支援してる孤児院か」

アスモダイが頷いた。

「地震は大丈夫だったのか」

「すぐに見に行きました」

カサンドラが静かに答えた。

「壁が崩れた箇所もありましたが、子供たちは無事でした」

その声には、かすかな安堵が滲んでいた。

「そうか」

ユーメリナはカサンドラの横顔を見た。

氷のような瞳が、ほんの一瞬だけ、緩んだ気がした。

魔物の屍を踏み越え、一行は奥へと進んだ。


しばらくすると、開けた空間に出た。

「泉か」

ニョルドが足を止めた。

石壁に囲まれた小さな泉。澄んだ水を静かに湛えている。

「きれいな水……」

ユーメリナが呟いた。

「このような迷宮にあるのが不思議ですね」

「ふむ……」

トートが泉を覗き込んだ。

「泉の底に紋様があるの。転移魔法陣のようじゃが……」

「使えるのか?」

「いや、力が通っておらん。起動されておらんようじゃな」

トートが首を振った。

「今は、ただの飾りじゃ」

「先を急ぎましょう」

ロンジヌスが促し、一行は泉を後にした。


やがて、奥へと続く石段を発見した。

「下層への階段じゃな」

トートが杖で照らすと、古い石造りの階段が深い闇へと続いていた。

「慎重に参りましょう」

ロンジヌスが先頭に立ち、一行は石段をゆっくりと下り始めた。

青白い光球が石壁を揺らし、長い影が不気味に踊る。

第二層への入口が見えた時、空気の変化を全員が感じ取った。

「空気が変わった」

アスモダイが低く呟き、剣の柄に手をかけた。

湿った空気に微かな異臭が混じり始めていた。

「瘴気です。ごく薄いものですが」

ユーメリナが警告の声を上げた。森の聖都で学んだ知識が危険を告げていた。

一行は警戒を強めて第二層へと足を踏み入れた。

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