シュレディンガーの猫

チョコしぐれ

夜十時過ぎ、アパートの一室。

テーブルの上には、コンビニで買った総菜と、黒い紙袋に入った箱が置いてある。


箱は、同僚から「面白いから持って帰ってみろよ」と押し付けられたものだった。

同僚は冗談半分に言ったのだ。

――中には猫が入っている。でもな、それは死んでいるかもしれないし、生きているかもしれない。開けるまでは両方同時に存在している。シュレディンガーの猫というやつだ、と。


その時は笑った。もちろん、そんなのは物理学のたとえ話だと知っている。

けれど、実際に手元にある箱は妙に重みがあり、時々、中からコトッと何かが動く音もする。


開けるのは怖かった。

もしも本当に猫が入っていてぐったりと死んでいたらどうする。

もしも生きていたら、それはそれで、この数時間どこからも息の音が聞こえなかったのはおかしい。


夕飯も手をつけず、ただ箱を見つめ続けた。


やがて日付が変わる。

部屋は静まり返り、壁時計の秒針の音だけが響く。


そのとき、箱が震えた。

ガタッ、ガタガタガタッと揺れる。


息を止めた。

今開ければ真実が分かる。猫は生きているか死んでいるか、ただそれだけだ。

けれど、不思議なことに強烈な嫌悪感が湧き上がった。

開けてはいけない。

開けることで決定されるのだ。生も死も。


――ガリガリガリッ。

爪でひっかくような音が箱の中から響く。



ただ音だけが続く。


気づけば朝になっていた。


箱は静かだった。

夜の間に聞こえた物音も爪の音も、すべて夢だったのではと思うほどに。


恐る恐る箱に手を伸ばす。

そしてふと気づく。


テーブルの上に二つの箱がある。

昨夜は一つだけだったはずなのに。

一方の箱は新品のように綺麗で、もう一方は爪で裂かれた痕が残っている。


理解した。

生きている猫と、死んでいる猫。

両方が確かに存在してしまったのだ。


開けても、開けなくても、逃げられない。

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シュレディンガーの猫 チョコしぐれ @sigure_01

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