シュレディンガーの猫
チョコしぐれ
◇
夜十時過ぎ、アパートの一室。
テーブルの上には、コンビニで買った総菜と、黒い紙袋に入った箱が置いてある。
箱は、同僚から「面白いから持って帰ってみろよ」と押し付けられたものだった。
同僚は冗談半分に言ったのだ。
――中には猫が入っている。でもな、それは死んでいるかもしれないし、生きているかもしれない。開けるまでは両方同時に存在している。シュレディンガーの猫というやつだ、と。
その時は笑った。もちろん、そんなのは物理学のたとえ話だと知っている。
けれど、実際に手元にある箱は妙に重みがあり、時々、中からコトッと何かが動く音もする。
開けるのは怖かった。
もしも本当に猫が入っていてぐったりと死んでいたらどうする。
もしも生きていたら、それはそれで、この数時間どこからも息の音が聞こえなかったのはおかしい。
夕飯も手をつけず、ただ箱を見つめ続けた。
やがて日付が変わる。
部屋は静まり返り、壁時計の秒針の音だけが響く。
そのとき、箱が震えた。
ガタッ、ガタガタガタッと揺れる。
息を止めた。
今開ければ真実が分かる。猫は生きているか死んでいるか、ただそれだけだ。
けれど、不思議なことに強烈な嫌悪感が湧き上がった。
開けてはいけない。
開けることで決定されるのだ。生も死も。
――ガリガリガリッ。
爪でひっかくような音が箱の中から響く。
ただ音だけが続く。
気づけば朝になっていた。
箱は静かだった。
夜の間に聞こえた物音も爪の音も、すべて夢だったのではと思うほどに。
恐る恐る箱に手を伸ばす。
そしてふと気づく。
テーブルの上に二つの箱がある。
昨夜は一つだけだったはずなのに。
一方の箱は新品のように綺麗で、もう一方は爪で裂かれた痕が残っている。
理解した。
生きている猫と、死んでいる猫。
両方が確かに存在してしまったのだ。
開けても、開けなくても、逃げられない。
シュレディンガーの猫 チョコしぐれ @sigure_01
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