第2話 覇道の夢

第二章 覇道の夢


 魏の都、広大な石造りの城壁の上に、一匹の猫が立っていた。

 夜風に黒い毛並みをなびかせ、瞳を細めて大陸を見渡す。

 ――その猫こそ、魏族の若き覇者、ねこ曹操であった。


「玉璽を手にした者が大陸を治める……くだらぬ伝承にすぎん。

 だが、ねこ族に秩序をもたらせるのは私しかおらぬ」


 曹操はそう呟き、爪で城壁をカリカリと削った。

 彼の野心は、爪痕のように深く、誰にも消せないものだった。



 翌朝。魏の軍議の間では、数十匹のねこ将軍が集まっていた。

 だが、誰もが真剣な顔をしているかと思いきや……。


「……」

 ひとりは机の上の木箱にすっぽり入り、ぐるぐると喉を鳴らしている。

 もうひとりは巻物の端でじゃれて遊び、紙を破いてしまった。


「おのれ……軍議の最中に箱遊びとは!」

 曹操は苛立ち、しっぽをばしんと床に叩きつけた。

 場が一瞬にして静まり返る。


「魏の軍律を乱す者は、この爪で容赦なく断つ。覚えておけ」


 冷たい声に、遊んでいたねこ将軍たちは震え上がった。

 彼の威厳は、すべての気まぐれを黙らせるだけの力を持っていた。



 その夜、曹操は一匹で玉座に座っていた。

 豪華な寝台には誰もいない。

 食卓には新鮮な魚が並んでいるが、彼は爪をつけようともしない。


「……義? 友情? 民のため? そんなもの、毛づくろい程度の慰めにすぎん。

 大陸を治めるのは、冷徹な知と、揺るがぬ意志のみ」


 言い終えた瞬間、部屋の隅を一匹のネズミが走り抜けた。

 曹操は本能的に飛びかかり――寝台を崩し、布団をぐしゃぐしゃにしてしまった。


「……くっ……」

 乱れた毛を必死に毛づくろいしながら、彼は小さく笑った。


「我が覇道を止められるのは、己の猫らしさだけかもしれぬな」


 冷徹な笑みと、どこか寂しげな背中。

 ――こうして魏の覇道は、静かに歩みを進めていった。

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